Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


あの日を探して #5

 旅立ちの朝は快晴。
差し込む日差しはきらきらと輝いている。
小鳥たちもその朝を祝福するかのように聖歌を輪唱していた。
 んんっと大きく伸びをするとエルファはベッドから飛び降りる。
窓を開け放ち、新鮮な空気を身体いっぱいに吸い込むと不意にあくびが襲った。
結局昨夜はなかなか寝付けなかった。
いよいよ旅立ちの日が迫ってきたかと思うとやっぱり気になって、緊張してしまって。
きちんと休まなければならないという事は判っていたのだが思考は止む気配を見せなかったのである。
 ハンガーにかけてあった服を手に取る。
これはヴァスターやはるかを初め、知り合って間も無いレリエラまでもが金を出し合って新調してくれた法衣。
皆には感謝してもし切れない。
エルファはその服をぎゅっと抱きしめた。
 サテニスは共に行くと言って聞かず、結局はエルファが説得させられてしまった。
教会の役目は司祭に話してきちんと許可を貰って来たから大丈夫だと言っていたが、
エルファとしてはやはり少し罪悪感が残る。
気にするなと言われてもそれはどうしても割り切れるものではない。
前途有望な教会騎士サテニスのお役目を放棄させる原因となってしまったのだから。
 エルファがそう言うと「何、さっさとウィーに会えれば良いんだろ」と軽くいなされてしまったが。
 一週間前、突然訪問して来たはるかとレリエラはその日のうちにフェイヨンへと戻った。
何の用事だったのだろうとヴァスターに尋ねると「パフェを食べに来たんだ」と言っていた。
エルファは首を傾げながら、一週間かけて身体の調子を整える。
 昨日とおとといには再びはるか御一行が姿を見せた。
その時もまた何用で訪問したのか判らなかったが、今思うとこっそりとこの服を仕立てに来たのだろう。
エルファはといえば旅立ちの日に向けてレリエラに剣術指南をしてもらっていたから気付かなかった。
レリエラの剣は並々ならぬ速さと鋭さを持っているとはるかが言っていたので、
エルファが無理を承知で指南を申し出たところ快諾してくれた。
お陰でまだ少し筋肉痛が残っているのだが、それでもいい特訓になったと思う。
「……っと、早く着替えて行かないと」
 新しい服に袖を通す。
薄いが耐性に富んだそれは肌触りも気持ち良かった。
皆の気持ちが篭ったこのプレゼントは何よりも大切にしたいと思う。
 全てが新しい朝。
 エルファは荷物を抱えると待ち合わせのレストランへ向かった。


***


 レストランへ着くとすでに全員が揃っていた。
 ヴァスター。サテニス。テュケ。はるか。そしてレリエラ。
 エルファはヴァスターの隣、空いた席に座ると朝食のパンを注文した。
 このメンバーで摂る、最初で最後の食事。
少し感慨にふけりながら、もそもそとパンをかじる。
 食事の席だというのにそんな事も気にせず自然と会話に花が咲いた。
他愛も無い世間話から外界の心構えまで幅広く談笑していた。
ゲフェンのどこそこで食べた昨日の食事は不味かったとサテニスが嘆いたり、
そういえばエルファの部屋に忍び込んだこともあったねとはるかが思い出したりだとか、
首都の北の方は魔物が強く強大な悪魔の目撃例もあるから気をつけろだとか、
ヴァスターとテュケが魔力の制御理論について熱く語ったり。
エルファにはこのままずっとこうしていたいなと思わせられるほど楽しい時間だった。
 しかし、心のぽっかりと空いた場所を埋める為にも自分は歩かなければならない。
そう考えると妙にしんみりとする。

 二年前、彼女の町は魔物たちの襲撃にあった。
徒党を組んだ青い魔獣たちがもたらしたものは、破壊と殺戮。
 学院に居た彼女の両親もウィスパリングの報告を受けすぐさま駆け付けたが、
結局ミイラ取りがミイラになる結果になってしまった。
 公安による掃討作戦が終了し、ようやく厳戒態勢が解かれた時エルファたちはすぐに町へ向かった。
彼女やその両親が巻き込まれて死んでしまったとはどうしても信じられない。
いや、それは信じたくないという感情だったのかもしれない。
とにもかくにも町へと駆けつけた。
何かの間違いだと、そう言い聞かせて。
 だが森の中の美しい町は跡形もなく駆逐されていた。
どこまでが魔物の仕業で公安との戦闘結果なのかは判らない。
ただ見えるのは、破壊され尽くされた家々の残骸と高く水飛沫を吹き上げる噴水だけだった。
 遺体は一つ残らず回収されたのだと言う。
現場に居た王国騎士の一人に尋ねたところそんな少女の遺体は見かけなかったと言った。
自分は全ての遺体を検分したが見ていないと。
エルファはほんの少しの希望を持ったものの、魔物たちが獲物を逃すはずが無いという言葉を聞き、
 怒った。
 その騎士を拳で力いっぱい殴りつけた。
 何故もっと早く駆けつけなかったのか。
何故彼女を助けられなかったのか。
彼女を殺したのはあんたたちだと泣いて喚き散らした。
ヴァスターの抑制がなければ魔法を使ってその騎士を殺していたかもしれない。
 騎士は失言に謝ったが、そんな言葉はもうエルファの耳には入らなかった。
 エルファは三日三晩泣き続けた。
涙はどこから湧いてくるのか不思議で仕方がなく、いつまでも目から溢れ続ける。
もう一生涙が止まらないんじゃないかと、エルファは思っていた。
 あの時騎士にぶつけた言葉は間違っている。
あれは自分にぶつけたい言葉だった。
現場に居たとしても自分に何が出来たかは判らない。
だがそれでもあの子を守れなかったエルファは自分を恨み、呪った。
 何日も授業をサボった。
彼女の居ない空間にしても空虚なだけ。
その空気を感じたくなくて、まだ認められなくて、部屋に篭った。
 もうこのまま死んでしまおうかとも思った。
彼女の居ない世界に生きて何の意味があるのだろう。
あの楽しかった日々は全て壊され、未来永劫戻ってくる事は無い。
 だから――。
 エルファがそんな事をぼんやりと思い始めた矢先だった。
教会が行う死者の供養に護衛として駆り出されていたサテニスが、
その際にあの町で不可思議なものを見たと言う。
ヴァスターやはるかの説得もあってエルファは渋々と足を運んだ。
何があろうとももうあの町は見たくなかった。
彼女の事を無理矢理思い出させるあの残骸。
彼女との思い出を匂わせる残滓。
もういっそ全てを消し去ってしまえば良いのにと思っていたのだが。
 案内されて来た場所はあの町から少し外れたラベンダーの花畑。
彼女と良く遊んでいた場所なのでエルファは行く事を拒んだがサテニスに無理矢理連れられて行った。
何故そこまでして見なければならないのかと問うても答えは無い。
いいから見ろと。
 そして足を踏み入れたそこにあったものを見て、エルファは驚愕した。
 ラベンダーに囲まれた一点に盛られた土と石が、一対。
そして石の根元に捧げられた小さなネックレス。
赤い小さな石がはめられたそのアクセサリーには見覚えがあった。
 彼女の母親が学院で自慢していたネックレスだった。
 すなわち、この墓は――。
 そこでエルファは泣き崩れた。
一度は止まった涙が再び堰を切ったように溢れ出してくる。
 死んだと思っていた。
 いつの間にか受け入れていた。
 だから自らも死のうと思っていた。
 しかし、この墓はそれを否定する。
 ――紛れも無く、この墓は彼女が作ったものだ。
 そうでなければ説明がつかない。
これを作れるような人間はただ一人しか思い当たらないのだから。
 今どこで何をしているのかは判らない。
 だけど。
 ――彼女は生きている。
 何故エルファたちの前に姿を見せないのかは判らない。
 だけど、生きているというのは確かだ。
「あたしは……」
 生きていても良いんだ。
「……彼女を探そう」
 そう決めたのは、あの襲撃から二週間が過ぎた日。
 もう二度と離さない。離したりはしない。
 いつか彼女と約束した、あの夢を果たすために。


***


「それじゃ皆、行ってくるね」
 ゲフェンの南地区にあるカプラ支店前でエルファは立ち止まった。
カプラ社を利用しようという冒険者たちの波を横目に、友人たちに笑顔を向ける。
「エルファ先輩、道中お気をつけて下さい。ご飯は一日三回、必ず食べて下さいね」
「うん、判ってるわよ。大丈夫」
「……」
 エルファたちよりも一つ後輩にあたるテュケはうつむいてしまっている。
 元はといえばエルファを送り出す事になったのも、
ヴァスターと死闘が繰り広げられた原因も全てテュケの目撃証言によるもの。
テュケは自らの行動は浅はかだったのではないかという戸惑いを隠し切れていない。
 そんな様子を見たエルファは思わずテュケを抱きしめている。
「テュケ」
「せ、先輩……?」
「あなたの言葉が無かったら、あたしはずっとこの一歩を踏み出せなかったんだから。
だから感謝してるのよ、テュケには」
 耳元で囁くように語りかけるその声には迷いなど無い。
「……ありがとう。無事に帰ってくるわよ、あの子と一緒に」
 肩の力が抜けた。
ぼやけた視界の中でテュケはにこりと微笑むエルファの顔を見た。
真っ直ぐで、活力に満ちた黒い瞳。
それの目に映る自分の顔も、いつの間にかほころんでいた。
「……はい。がんばってください」
 ぱちりとウィンクをするとエルファはテュケの身体から離れる。
優しくて可愛いこの後輩は、根はしっかり者だから大丈夫。
そう、きっと良い学者になると思う。
「あはは、相変わらず仲が良いね〜、二人は」
「自慢の後輩だから」
 はるかがのんびりとした口調で茶化すとエルファはくすりと笑う。
「フェイヨンに寄った時はうちに来てね。歓迎するよー」
「言われなくてもお邪魔させてもらうわよ」
「それと、サティ」
 うんうんと頷くと、はるかは輪から外れてぼんやりとしているサテニスに向き直った。
「ん?」
「エルファを泣かせたら承知しないからね?」
「……は?」
「ち、ちょっと、何言ってるのよはるか!」
 エルファが顔を赤らめながら抗議する。
からかうとエルファは面白いように返すので調子付いたはるかはここぞとばかりに突っかかっている。
サテニスは至って不思議そうな顔をしてそのやりとりを見ていた。
テュケは口元を抑えて笑いをこらえ切れていない様子である。
 晩春の暖かい日差しの中、ざわめきと笑い声と罵声が織り成す合唱が響く。

 苦笑しながら友人たちの戯れを見つめていたヴァスターにレリエラは訊く。
「ヴァスター殿は、エルファと行かなくても良いのか?」
 横目に見えるレリエラの表情は無い。
この何日か見ている限り、彼女は基本的に感情を表に出さない性格らしい。
はるかがからかった時などは怒ったり笑ったりもするがそれも回数は常人に比べて少ない。
だから感情が見えないだけで、何も感じていないという訳ではないようだ。
 ふっとヴァスターは笑む。
「俺には俺のやり方がある、ということかな。少し言い訳じみてはいるが」
「いや……、そうは思わないな」
 レリエラはエルファとはるかのやり取りを見ている。
表情は崩さないが、それでも緊張したような雰囲気は無かった。
「人には役割というものがある。それがただ少し違ったというだけのこと。
ヴァスター殿は、もっと自分の決断に自信を持ったほうがいい。
十分に考え、悩まれて出したその決意は立派なものだと、私は思う」
 レリエラは表情を緩めた。
背の高くすらりとしたその女騎士は改めて見ると美人だとヴァスターは思った。
 一つ溜息をついて空を仰いだ。
まだ自分で皮肉を言ってしまうほど自信が持てて居なかったのかと苦笑する。
勇気付けてもらってしまうというのは、やはりまだまだか。
「……ああ、ありがとう」
「ちょっと、ヴァスー、リリはあたしのなんだからね?」
 ヴァスターとレリエラが親しそうに話しているのに気付いたはるかはびしりと指を突きつけた。
「――ッ」
 レリエラが声にならない声を発し抗議をしようとした瞬間、ははとヴァスターは笑った。
 自然と笑いがこぼれた。
張り詰めていた緊張が一気にほぐれるように。
 まだ未熟な自分では、エルファの側に居ても何も出来ない。何の力にもなれない。
だからヴァスターは共に行く事をやめた。
はるかには散々後押しされたがそこは曲げられなかった。
 これでいいと思う。
自分が居なくてもサテニスがそれなりのサポートをするだろうし、
いざとなればウィスパリングで情報や思考を補佐する事も出来る。
また、今は研究が修羅場にさしかかっているがこれを越えればある程度の暇が出来るため、
エルファたちとは別に行動して情報収集ということも可能だ。
 何にせよ、今は共に歩む事は出来ない。
自分にそれだけの権利は無い。
そのために己を磨き、そしてそこからまたエルファに追いつこう。
 ヴァスターはそう決めたのだった。

 サテニスはあくびを噛み殺しながら、エル、と呼んだ。
「そろそろ行こうぜ。お前たちのやり取りが終わるのを待っていたら日が暮れる」
「ごめんごめん。それじゃ気を取り直して……」
 こほんと咳をするとエルファは姿勢を正し、目を瞑った。
友人たちもそれに倣い、じっと次の言葉を待つ。
そして、蒼き髪の賢者は深呼吸をすると静かに言い放った。
「――私、エルファ・スタングウェイは本日より冒険者として生きる事を宣言します。
あの子を、私の大好きだったウィリスを探すために私は外へと羽ばたきます。
私のわがままで皆に迷惑をかけることをお許し下さい」
 誰も口を開かなかった。
その言葉をじっくりと噛み締め、記憶する。
宣言は一部の地方にだけ伝わるどうでもいい伝統だったが、エルファはこの言葉が好きだった。
 エルファがゆっくりと目を開けると友人たちの笑顔がある。
にこりとその笑顔に応え、荷物を手にかける。
 またここに戻ってくるのはいつになるか、それは誰にも判らない。
あの子が本当に生きているのかどうかさえ判らない。
不安要素は探し出せば滝のようにいくらでも出てくる。
 だけどそんなこと、やってみなければ判らない。
 今まで踏み出せずにいたこの一歩を、ようやく歩み出す日がやってきた。
 道行く人たちの雑踏、外界を駆逐する魔物たち。
そんなものにも負けてなどいられない。
この人たちがくれた気持ちに報いるために、応えるために。
 ここという帰る場所がある限りがんばって行ける。
そんな気がした。

 だから。
帰ってきた時にただいまと気持ち良く言えるように。

「――いってきます!」





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20040518

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