Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


あの日を探して #3

「……夢?」
 長いストレートの茶髪を風にたなびかせながら少女は訊き返した。
「私の夢なんて、聞いてどうするの?」
「えーっと……ほら、学校から配られたプリントにさ、将来の夢って項目があったでしょ?
 だから皆の意見を参考にしようと思って、さ」
 その隣に座ったあまり背の高くない少女は少し恥ずかしそうに答えた。
 気持ち良く晴れた日の昼休み、膝の上に弁当を広げて芝生の上に仲良く座って昼食をとる学生たち。
そんなありふれた光景がここにもある。
「ヴァスにも一応訊いたんだけどさ、学者とかごく普通な返事されちゃって。
 もー、あいつ本当に役に立たないんだから」
 言いながら弁当の中に収まっていたプチトマトを一つ放り込む。
その言葉を聞くと隣の彼女はくすりと笑った。
「彼らしい夢じゃないの。エルファも学者にすればいいんじゃない?」
「あたしはそういうの向いてないから駄目なのよね。
 そもそも勉強とかあんまり好きじゃないし。
 今はクラスでも成績はヴァスと並んで高い方ではあるけど、
 クラス違ったらあんまり勉強しなかったと思うな。
 ……そんなことよりも、あたしはもっと自由に生きたいの」
 エルファは拳を握って力説する。
隣に座って話を聞いていた少女は食事の手を止め、空を見上げた。
「自由、ね」
 そんなことをぽそりと呟くと少女は言葉を繋げた。
「……こんな事言うと笑われるかもしれないけど」
 エルファは隣に座る親友の顔をまじまじと見つめた。
美人で、それでいてクールな彼女の表情はいつもよりちょっとだけ明るいように見える。
 そよ風が二人の髪をふわりと撫でた。
「私は旅人になりたいの」
「……に、似合わない」
「私もそう思う。
 でも、両親が元冒険者で、他の国の話とか聞いてるとそうなりたいな、なんて思って。
 そういう話を聞いて毎回のように憧れたものだった」
 少女が話し終えると、エルファは顎に手を当てて何かを考えるような仕草をしている。
少女が不思議そうに見つめているとエルファは急に表情を明るくして、少女の手を握り締めた。
「突然何よ、エルファ……」
「じゃあさ、ここを卒業したら二人で一緒に世界を旅しよう!」
「え?」
 エルファは勢い良く立ち上がり、手をいっぱいに広げた。
蒼いショートヘアーが風に揺れる。
「あたしが求めていたものっていうのも、それかもしれない。
 家柄とかしがらみとか、そういうものを全部捨てて世界を旅する。
 まずはこの国の首都に行って、それから海の向こうのアマツ、
 シュバルツバルド公国、そしてアルナベルツ教国!
 くーっ! 今からもうワクワクしてきた!」
「ちょっとエルファ……」
「止めても無駄よ、もう決めたんだから。
 よし、そうと決まれば勉強にも力が入るわね。
 もっと勉強して、強くなって、魔物なんか軽くやっつけられるようになるんだから!
 あ、二人でと言わずにヴァスやサティも引っ張っていこうか。
 あの二人もそれなりに頼りになるし……」
 視線を相方の方へと滑らせると何やら呆れたような表情を見せている。
片手で顔を覆い、明らかに言葉を失っているといった様子だった。
「あたし何か変な事言った? それとも、一緒に旅に出るって嫌?」
 少女は顔を覆ったまま首を横に振って溜息をついた。
「いや、そうじゃなくて」
 また一つ溜息をつくと右手で二人の居る少し先の芝生を指差した。
「あ」
 エルファの足元から数歩先のそこには見慣れた小箱が落ちていた。
箱の中に入っていたであろうものも見事にぶちまけられている。
デザートにと大切にとっておいたウサギの形をしたリンゴもアリの昼食になっていた。
「さっき勢い良く立ち上がった時に思いっ切り」
「……あーもう! どうして気分がいい時に限ってこう気分を削ぐ……」
 エルファはぶつぶつと不平を言いながら渋々と弁当を片付け始めた。
 おかず一つ一つを勿体無さそうに片付ける背中に、
それを眺めていた少女は小さく声をかけた。
「エルファ」
 振り返れば静かに、そして柔らかい笑顔がエルファを見つめている。
「ん、何?」
「一緒に旅をするっていう約束、忘れずに覚えておくわ」
 エルファも応えるように、強い笑顔を返した。
「うん、あたしも忘れない」


***


 ――そう、自分には約束がある。
 絶対に忘れてはいけない、親友との大切な誓いが。
 この程度の試練で挫けていては、あの約束に届くわけがないではない。
 まだ、負けられない。

「ほう……」
 エルファの様子を眺めていたヴァスターはにやりと微笑んだ。
コールドボルトを受け、あの炎をまともに食らい、もう体力は欠片も残っていないと思っていたが、
どうやらエルファはまだ完全に戦意を喪失したという訳ではなかったらしい。
 エルファは弱まった光の剣を強く握り締めると、再び立ち上がった。
体力が完全に戻ったという訳では無いようで、少し足元がおぼつかない様子ではあるが、
その瞳には情熱の炎が灯っている。
「絆、か」
 木々がざわりと鳴いた。
曇り始めた空は風を纏い、二人の頭上を覆い始めている。
暗く冷たい風だった。
「そうよ……私は、まだ負けられないのよ、ヴァス。
 あの子との約束を果たすためにも、まだ!」
 手に握る剣は再び強い光を宿した。
輝きに満ちたその剣は先ほどよりも更に大きく、雄々しく、見える。
騎士剣を思わせるほどの大きさに見えるのは光の所為か、はたまた本当に呼応して巨大化したのか。
「ふ、どちらでも同じ事。満身創痍とはいえ、油断は禁物。
 全力で行かせてもらうのみだ――!」
 あの体力でどこまでの力とスピードが繰り出されるかは不明だが、
ここは己の持ちうる最強の魔法を叩き込むのみ。
それこそがお互いにとっての最善策であるはずだ。

(考えろ……考えろ……)
 もうこのほとんど動かない身体で立っていられるのが不思議だった。
全身は吹き上げる炎に晒されて赤く爛れている個所も多く見られる上に、
脇腹の傷などもう完治不能ではないのかというくらいに抉られている。
 しかしエルファにそんなことを気にしているような余裕は無い。
 動く。その事実だけで十分だった。
(考えろ……考えろ……)
 今この身体で出来る最も有効な手段。
それは魔法を打ち込む事であるが、しかしその程度の事は読まれているはずだ。
 この状態で式神の連発を食らえば確実に避け切れないのだが、
よく知ったあの彼はそんな単純で姑息な真似はしてこないだろうと、思う。
それが親友のプライドなんだと、長年の付き合いで判っている。
余裕を見せつけて少し格好つけるような、そんな性格だから。
(……ヴァスは絶対にあの魔法を使う。だから……)
 そう考えると大体の予測はついてきた。
その魔法を抑える方法、それを見つけなければ、エルファに明日は無い。

 今にでも雨が降りそうな天気になってきた。
風が強く吹き荒れ、木々が大きく傾いだ。
恐らく明日は雷雨になるだろうと思った。
暗い雲は日の光を遮りながら駆けるように青空を覆っていく。
 エルファは左足を一歩引いた。
 砂と靴の擦れる音、草が触れ合う音が聞こえる。
 やや前傾姿勢に構え、ヴァスターの表情を見つめた。
いつもと変わらぬ親友の顔。
しかしいつもと異なる立場。
 やや憂いを含んだ表情に見えるのは気のせいではない。
ヴァスターもきっと同じように悩み、この決断を下したのだろう。
「ヴァス」
 剣を握る拳に力が入る。
「……なんだ、エルファ」
 相手の表情は変わらない。
自分はどんな表情をしているのだろうと気になったが、
この状況では鏡を見ることは出来ない。
 エルファは目を伏せ、それから一言だけ呟いた。
「ありがと」

 ヴァスターは口の端に笑みを浮かべると大きく魔力を集中し始めた。
普段よりも早い詠唱。
それはエルファの想像していたあの大魔法のものではない。
(それも予想通り……!)
 あの魔法の完成までに少しでも距離を詰めなければならない。
 エルファは前に出た右足に力を込めて一気に加速した。
痛みが全身を走る。
特に脇腹の傷は酷く、もうほとんど感覚が無かった。
 それでも走る。走らなければならなかった。
 先ほどと比べるととても速いとは言えないスピードであったが確実に距離を縮めているのは確かだ。
あの魔法が完成すれば一度足を止めて体力を補充する時間がある。
それにどれほどの時間がかけられるか正確には判らないが、
今のエルファの体力ではその時間に期待をする他手段が無かった。
「――大地に眠る冷血よ、今こそ其の身を地に現せ!」
 ヴァスターの声が高々と響き渡る。
魔法陣を描く指の動きが終わり、圧縮された魔力は青い光を放った。
「――出でよ、Ice Wall!!」
 魔力を高圧縮した詠唱が終わると、エルファを中心に光の魔法陣が描き出される。
描かれたペンタグラムはその円の縁に青い輝きを発しながら巨大な氷柱を作り出した。
エルファを囲むように現れたその氷の壁は周囲と世界を分断する。
壁の高さは数メートル。これを乗り越えるのは至難の業だろう。
 足止めをされたエルファは息を整える。
ここまで駆ける事数秒、それでも息が上がってしまいとてもではないが立っていられない。
剣に体重をかけてもたれかかり、大きく何度も呼吸する。
「その身体でよく走り回れるものだな」
 透けた壁の先から声が聞こえる。
詠唱が終わっても先ほどと変わらない位置でどっしりと構えている。
距離にして十数メートルほど。
壁さえ突破すれば今のエルファでも瞬時に駆け寄れる距離である。
 余裕を見せるために少し笑いながらエルファも応じた。
「体力だけは、自信があるからね……。
 それにしても、ヴァスのこのアイスウォールも、凄い。
 一瞬でこれだけの大きさのものを、作り出せるんだから」
「魔法力学の研究成果だな。どうだ、君もうちの研究科に来ないか?」
「冗談。あたしはあの子を探すんだから、そんな余裕はないわよ」
「そうか、それは残念だ」
 声を出すのも精一杯だがそれを悟られないようにと必至に声を絞り出す。
 強がって見せたはいいものの、体力は最後の一撃分しか残っていない。
光の剣もそろそろ効力が切れる頃だろう。
 次の一撃のためにぎりぎりまで体力を温存しておかなければならない。
「……まあ、この一撃を耐え切れれば、の話だがな」
 ヴァスターは頭上へ大きく手をかざした。
すると周囲の気温が一気に下がり、
エルファを囲む氷壁よりも更に大きな魔法円が大地に現れた。
(やっぱり来た……ストームガスト……!)
 その魔法は魔導士の扱う中でも最上位にあたるものの一つ。
広域の気温を一気に低下させ吹雪を巻き起こし、全てを絶対零度まで凍てつかせる大魔法。
その威力、破壊力は先ほど使用した氷結魔法の比ではない。
ミノタウロスやアラームといった強敵でさえ一度の詠唱で葬り去ることが出来るほどの威力を有する。
 この詠唱を中断させないがためにヴァスターは氷壁を作り出し、エルファの動きを封じたのだ。
(この剣なら一撃で氷壁を壊せなくも無さそう、だけど……体力がもつかどうか)
 だがそうは言っても甘んじて魔法を食らう訳にもいかない。
 エルファはゆっくりと立ち上がると剣を氷壁へと構える。
前傾姿勢で真っ直ぐにヴァスターを見据えると、ぴたりと動きを止めた。
「……?」
 エルファは目を閉じ、そのまま完全に静止した。
 その光景はヴァスターにとっても異常だった。
氷壁を前にして、それに斬りかかるのかと思えばそうではなく、ただ構えるのみ。
ヴァスターの長い詠唱は着々と進行しているが、エルファの構えは変化が起きない。
 周囲の気温は更に低下し、吐く息はすでに白い。
エルファを中心とした魔法円は徐々に明るさを増し、紋様がみるみる描かれていく。
大抵の者はよりはっきりと現れ始めた魔法陣に恐怖し、怯えるものだが――。
(微動だにしないとは……何を企んでいるのか)
 大魔法は威力が凄まじい分、詠唱も非常に長い。
だからこそ氷壁で足止めをしてまでエルファの動きを封じたというのに、
これでは氷壁を作り出す必要も無かったではないか。
 氷壁はこの詠唱が終わってもまだ効力が続くはず。
すなわち氷壁の解除を待っているという事は有り得ない。
 その行動はヴァスターにとって明らかに不可解な行動であった。

(ヴァスの集中力が乱れてる)
 魔法陣が放つ魔力の流れに乱れが生じているのを感じ取った。
それが目的であったわけではないがその意外な効果にエルファは驚いていた。
集中力の乱れは魔法の精巧度、威力の低下を招く。
勿論それは微々たる物ではあるがエルファの今の状況では非常に歓迎すべき事だった。
 ヴァスターの詠唱はいよいよクライマックスへとさしかかった。
魔法の詠唱は個人によって異なるが一定の法則性があり、
それを知る者にとって詠唱の流れは手に取るように把握できるのだ。
(そろそろ、ね……)
 大きく呼吸をして体調を確認する。
痛みはあるが長い詠唱の間に温存しておいた魔力と体力が自然治癒を促進したお陰か、
先ほどよりは幾分も楽になっているようだ。
この程度の痛みならば精神集中して耐える事が出来る。
これでスピードさえ出れば文句は無いが、それは運次第。
 一歩を踏み出すその時まで、判らない。
 そして詠唱は最後の章を紡ぎ始める。
 大気が渦巻き、冷気が森を支配する。全てを飲み込む破滅の詩。
 ヴァスターの喉から紡がれるそれをエルファは静かに聞いていた。
「――――よし!」
 そして、目を開けた。
 剣を握った右腕を大きく振りかぶると、掛け声と共に氷柱を水平に薙いだ。
光の剣は横一閃、金の輝きと電光を放ちながら氷の壁を切り裂いた。
 目の前にあった氷壁にひびが入り、斬られた柱の断面は向こう側の景色を通す。
「どけぇ!」
 すぐに倒れてこない氷柱に痺れを切らし、エルファはそれを蹴り飛ばした。
 視界に入ったヴァスターのストームガストはまだ完成していない。
勿論完成されていないタイミングを見計らっての突撃であるから当然なのだが。
 残り少ない体力を瞬発力へと変換し、彼との距離を一気に詰めにかかった。
握る剣が重く感じ、足取りもおぼつかないが、それでも一心不乱に駆け寄る。
 詠唱で集中力を研ぎ澄ます事により自然界とリンクし、
魔力を発火剤の如く使用することでいわゆる「魔法」を発動させるのが通常である。
魔導士であるヴァスターも当然の如くそれに倣い、詠唱を始めた今はもはやその場を動く事は不可能。
エルファが迫っていようと今更それを中断させる事も出来はしない。
 だが、それとは違った道を歩む賢者はそれに留まらない。
「――空を切る音律よ、其を今此処に断ち切らん!」
 剣を持たない左手で魔法陣を描き、エルファは高らかに詠唱をした。
 賢者たちは古来より魔法のマイナーチェンジを試みてきた。
そしてその研究、修行の末に身につけた技術がこのフリーキャストである。
気を研ぎ澄ます事により詠唱を行いながら別の行動を同時に行える、極意。
 足りない体力を搾り出しながら駆け、そして、エルファはヴァスターの詠唱よりも先に句を結んだ。
「――Spell Breaker!!」
 宙に描かれた左手の魔法陣より発せられる一筋の光。
それは標的の額を突き抜けた。
 その出来事は一瞬だった。
気付けば光は何事も無かったかのように消え去った後、辺りは静まり返っている。
「な……」
 エルファの放ったその魔法は標的の詠唱を無理矢理無効化する。
ヴァスターもその魔法の存在は知っていた。
だが大魔法の完成直前、そのようなタイミングでスペルブレイカーを使われるなどとは予測していなかった。
 空気が瞬時に戻る。
ざわめいていた木々も魔力ではない自然の風に揺られている。
立ち込めていた冷気も気付けばいつのまにか消え去っていた。
 ヴァスターは反撃に速射力のあるソウルストライクを試みたが、
気付いた時はすでに遅く、エルファの強い眼差しが眼前に迫っていた。
 最初に訪れた一撃は腹部へのキックだった。
特に身体を鍛えてもいないヴァスターにはエルファの一撃も非常に重い。
「がっ……」
 身体の捻りを加えたキックはヴァスターの身体を弾き飛ばし、後方にある大木まで吹き飛んだ。
背中を打ちつけ激しい痛みが走る。
「ヴァス……」
 エルファはヴァスターを見下ろす位置まで来ていた。
苦しくむせている親友に剣の切先を突きつける。
エルファもヴァスターに匹敵するほどのダメージを負っているのだが、
魔導士には一撃一撃が致命傷になりかねない。それほどに脆い存在なのだ。
「……はは、ははは……」
 親友は嘲笑った。
うなだれているために表情は見えないが、きっと嘲笑っているのだろう。
何に対して嘲笑っているのだろうか。
エルファの決断に対してなのか、ヴァスター自身に対してなのか、それは解らなかった。
「……殺さないのか、エルファ? 俺はまだ動けるぞ」
 ヴァスターはそう呟くと瞬時に詠唱を始めた。
それは聞き慣れたソウルストライクの文言。
この至近距離で魔法を試みるなどエルファも予想していなかった。
 式神魔法の詠唱は早い。
既に魔法はほぼ完成していた。
「この馬鹿……!」
 エルファは右手を握り締め振りかぶった。





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20040416

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