Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


あの日を探して #2

 ゲフェンの城門を潜ると水のせせらぎが聞こえてきた。
この街は外敵の襲撃から身を守るため周囲に堀が設けられ、常に水が湛えられている。
堀といってもここ東側の堀は浅く、場所によっては歩いて渡れるほどの水深だ。
 そんな堀を横目に草原を抜けると小高い丘の上に小さな森がある。
この季節、青々と繁る木々は我先にとばかりに背を伸ばし、
他の者たちに負けぬよう強く強く枝を広げている。
 しかし例えどんなに美しい自然が溢れていようと、
城壁を一歩出ればそこは魔物の巣食う外の世界。
あらゆる生き物を蹂躙し、糧とする者たちが目を光らせているのである。

 そこに、疾く駆ける二つの影があった。
「――我が力よ、意志を以って精霊と成れ!
 走れ、駆れ、疾れ式神! Soul Strike!!」
 静かな森の中で低い男声が高らかに響き渡る。
詠唱に(いざなわ)れて現れるのは五つの魔力球。
それらは疾風の如く標的目掛けて加速する。
弾丸各々が狙いを見定め、意思あるかのように避ける標的を追尾するが、
狙われたエルファの方がやや上手であった。
軽やかな体捌きと手に持った得物で全てを避け、相殺する。
「そう何度も食らってられますかっての」
 一つ息をついて呼吸を整えると、エルファは再び走り出した。
 ――魔物に殺られるくらいならば俺がエルファを代わりに葬ってやろう――。
 魔術師ヴァスターが言い放ったその台詞から一時間が経とうとしている。
まさかゲフェンの街中でやり合う訳にも行かないので、
二人はこうして城壁の外、東側の森の中で魔力の攻防を繰り広げている。
 エルファは入り組んだ地形と自らの体力を生かしてヴァスターの魔法を凌いでいた。
対するヴァスターは見晴らしの良い開けた場所で居を構え、遠距離から魔法を連発している。
 魔法力学という魔力を高める技術を専攻するような彼の持つ魔力はほぼ底無しに等しい。
加えて威力も高められているため、たった一撃でも食らえば相当のダメージを受ける。
高出力の魔法を固定砲台のように連発するという戦術は昔から変わっていないようだ。
「……ちょっと、流石にヴァスの本気は辛いなあ」
 大木にもたれかかりながら自らの身体を見やった。
エルファはすでにいくつもの傷を負っている。
木々を薙ぎ倒し、大地を弾く魔法の猛攻を全て避け切れるという訳ではない。
「痛っ……」
 脇腹に氷刃(コールドボルト)の直撃を食らった時の傷は相当酷い。
触れると大量の血が指先を赤く染めた。
随分と深く斬られたのだろう。
持っていたポーションを振りかけ止血を試みたが、あてがった布はすぐに真っ赤になった。
 肩で息をつきながらエルファはふと思考を廻らせる。
ヴァスターが叩きつけた挑戦状。
これはエルファの意志を固めるため、かきたてるために言い出したヴァスターの、
彼なりの優しさの現われなんだと解釈していた。
葬ると言ったのは言葉のあやで、ある程度見切りがつくまでやり合ったら切り上げるものだと思っていたのだ。
(……違う。これはそんな生易しいものじゃない)
 明らかにヴァスターは本気を出している。
それは先ほどからのコールドボルトの威力とソウルストライクの加速を見れば判る。
今まで組み手をしてきたどの時よりも一撃一撃が集中させられているのだ。
 そして、何より――あの表情。
 いつになく真剣な眼差しで、あれはまるで魔物を狩るハンターのようだった。
この脇腹をえぐった魔法も一歩間違えばエルファの命を奪っていただろうと思う。
手加減なんてものをしていない。
本気で殺しにかかってきている。
「どうしたエルファ。こそこそと隠れているだけか。
 俺に殺されたくなければ、俺を殺すだけの力をもって説き伏せてみせろ」
 背後から聞こえてくる声は先ほどの詠唱と同じ位置から発せられているようだ。
それはまだ同じ場所に立って身構えているという事。
だがエルファに対する戦法としてはそれが最も有効だという事も変わりはない。
白兵戦を得意とする者と対峙した時、魔術師は一度ある程度見晴らしの良い場所に陣取ってしまえば
相手に詰め寄られる前に魔法を完成させる事が出来る。
草原や荒野、そしてこういった森の広間などはうってつけの場所だった。
こんな所に誘い込まれる前にカタをつけてしまえば良かったのだがそれももはや後の祭。
彼は傷一つ負うことなく、今の状況を保っている。
「ヴァス、結構実力上げたわね。……さっきの氷刃は相当効いた」
「魔物に食われればその程度の痛みでは済まないぞ、エルファ」
「……解ってるわよ」
 ヴァスターなりの説得のつもりなのだろうけれど、そんな言葉では恐怖したりはしない。
その程度の事で恐れるようでは「冒険者になる」などと最初から言うはずもなかった。
 実際のところ、そんな有象無象の化物たちよりも今のヴァスターの方がよっぽど恐ろしいと思う。

 なんとか脇腹の痛みが引いてくると、エルファは小さく詠唱を始める。
 右の手の平に意識を集中させ、金色の光が周囲を包む。
左手には懐から取り出した風色の宝玉を握っていたが、詠唱が終わると音も無く崩れ去った。
 ――ライトニングローダー。エルファたち賢者の得意とする、武器強化魔法である。
 鞘に収めていた短剣を引き抜くと、刀身が先ほどと同じ金色の輝きを放っていた。
よく見れば刀身が詠唱前よりも長くなっている。
魔法により延ばされた光の剣は通常剣士たちが扱う片手剣と同じほどの長さを持っていた。
 エルファは右手に握りしめた光の剣を軽く振るう。
ひゅっと風を切る音と共に幾筋かの電光が空気中を伝わった。
重さは元の短剣のままなので、力があるとは言いにくい賢者にも軽く扱えるのが利点である。
 この短剣が一度光を帯びれば殺傷力は格段に上がる。
刀身が長いという事もあるが、何よりも魔法で形成されたこの光の刀身は鋼鉄に匹敵する硬度を持っているのだ。
 生身の生物へ太刀を浴びせれば、それは――いや考えるのはやめておこう。
 ヴァスターがエルファを殺すと言い、そして本気を見せている。
ここで手加減などしていては本当に殺られてしまいかねない。
本人にその意志があるとするならば、だが。
 今まで強化魔法を控えていたのは、使うことも無く戦闘が終了すると思っていたからだ。
だが今は状況が違う。
いや、正確には変わってはいないのだが、エルファの見方が修正された。
手を抜いたままでは、――殺られる。
 だが、エルファが本気を出したところでヴァスターを殺れるとは、自分でも到底考えられなかった。
(殺れる訳……ないでしょ)
 親友にこの光の太刀を浴びせるなど、出来る訳がない。

「……深淵の深き湖より湧き出でし冷厳なる水勢よ、
地を這い、草を舐め、空を駆けて其の身を凍てつく刃と化せ!!<」
(――え!?)
 物思いにふけっている時間など、ヴァスターが与えてくれるはずも無かった。
体調を整える時間は与えてくれるようだったが。
 そこに背後から聞き覚えのある詠唱が響いていた。
それをまともに受ければ万物は凍り付き、身体の自由は確実に奪われることとなる。
エルファ自身も行使することが出来る魔法だが、
彼のそれはエルファのものとは比べ物にならないだろうことくらい容易に想像が出来た。
「今からじゃ避け切れないって!」
 詠唱がほとんど完了している今からこの場を離れて魔法を避ける事はまず不可能だろう。
収束された魔法はターゲットの周囲にまで広く影響を及ぼす。
明らかに気付くのが遅過ぎた。
その被爆範囲外へと走り抜ける事は、もはや手遅れだ。
 ならば。
(間に合え……っ)
 懐から青い魔法石を取り出し素早く詠唱を始めたその時。
 背後の魔法が完成した。
 ヴァスターの指で描かれる魔法円は青い光を放って描き出され、
周囲には一気に冷気がたち込める。
「――唸れ! Frost Diver!!」
 一帯の空気を冷やした冷気は詠唱完了と共にヴァスターの向けた指先へと集結した。
ヴァスターの指が指し示す目標は、エルファのもたれかかる大木。
収束した魔力は大地を這い、一直線にエルファの元へと走った。
その道程で巨大な霜柱が何本も現出するが、圧縮された魔力の塊は勢いを落とさずに突き進む。
 大木に衝撃を与えた魔力は一気に周囲の気温を下げる。
魔力の衝撃により幹にひびが入り、今まさに倒れようとしていた大木は突如動きを止めた。
そこに叩き込まれた魔法は氷結魔法。
倒れ始めた大木も、その隣に生き生きと聳える巨木たちも同時に凍りついた。
「……これでお終いか?
 エルファ、君の想いはこの程度のものなのか」
 ヴァスターの位置からは死角になっている彼女を捉えられないが、
あの短時間で避け切ったとも思えない。
返事が無いところを見るに、あの大木と共に凍り付いているのであろう。
 凍り付いているとは言っても所詮は魔法。
時が経てば魔法の効果も自然と解除されるのが普通だ。
この氷結魔法の持続時間はおおよそ十五秒。
魔法が解けるまでに新たに一つ魔法をぶつけるだけの時間は十分にある。
「呆気ないな、エルファ……」
 エルファはヴァスターの信念に打ち勝つ事が出来なかった。
それが今この結果だろう。
 次の魔法は並大抵の威力ではない。
十五秒もあれば十分に威力を増幅させた魔法を叩き込む事が出来る。
身動きの出来ない状態でそれを食らわば、そこに待つのは、死。
死こそ、この勝負を決める唯一のルールだ。
 ヴァスターは静かに詠唱を始めた。
先ほどの氷結魔法よりも幾分か長い詠唱。
それを唱えながら指で宙に魔法円を描き出してゆく。
 淡い輝きを放ちながら形成されるその紋様は次第に大きな魔法陣となり、光を強める。
詠唱は静かな森の中に風を巻き起こした。
木々がざわめき、木の葉が舞い、幹が軋む。
全ての風が行きつく先はヴァスターの魔法陣。
 そこにはいつの間にか、人の身体よりも巨大な光の球が形成されていた。
球は幾つもの電光を発し、それでもなお光を強めていく。
 雷球は足元の氷を溶かしていた。
「あいつの事は全て俺が引き継ごう、君の分までな。
 だから、安らかに眠っていてくれ、エルファ」
 魔法が、完成した。
「……天より降りしこの(いかずち)、我が命を以って駆けよ!
 翼よ、舞え――Jupitel Thunder!!」

 その雷球は先ほどのソウルストライクやフロストダイバーとは比べ物にならないほど速かった。
その大きさからは想像も出来ないほどの恐ろしいスピードで標的――凍りついた大木へと向かう。
 そして、被弾。
 それは一瞬の出来事だった。
衝突したかと思われた雷球はそのまま木々を薙ぎ倒し、真っ直ぐに森を貫通した。
自らの魔力で形成された氷も、自然の力で生きていた巨木も、皆そこに無いかのように雷球は駆けて行った。
勢いはほぼ衰えることなく、全てを破壊し、焼き尽くしながら突き抜いた。
 後に残ったものは、焼け焦げた森と薙ぎ倒された木々と、そして――。
「!?」
 ヴァスターの方へ走る影があった。
光り輝く剣を握り締め、一気に間合いを詰め寄る、蒼い人影。
「――防御結界か!!」
 走るエルファの更に後ろ、大木が聳えていた位置に淡い紫色の魔法円が見えた。
それは魔法使いが自らの身を守る時に張る結界、セーフティウォール。
恐らく氷結の直前に結界を敷き、その後に来るであろう雷球さえも読んで身を忍ばせていたのだろう。
 ヴァスターは軽く舌打ちすると炎の壁を二人の間に形成した。
加速して既にかなりの距離を縮められているこの状況では大魔法は叩き込めない。
少しでも距離と時間を稼ぐためには今はこれが精一杯だった。
「こんなもの!」
 吹き上げる巨大な炎の柱は容易な事では消す事は出来ない。
賢者の用いるランドプロテクターという魔法ならば炎を解除することも出来ようが、
詠唱が長過ぎるために使用するのは大抵戦闘開始前や複数人数での戦闘時のみが通例である。
 当然ながらエルファもそんな回りくどい方法は使わない。
もっと大胆な行動に出たのだ。
「邪魔!」
 エルファは両腕を交差し、顔を覆いながら炎の中へと突入した。
 炎の高さは数メートル、横幅も十メートル近くはあるが奥行きはそれほどでもない。
最短距離を取りたければ真っ直ぐに突き進むのが当然であるが、それは火炎を自ら浴びるという意味だ。
ただでさえ威力の違う炎。
赤々と燃え盛るその魔力は白い肌を焦がし、衣服を燃やす。
「うく……」
 火の勢いは生半可なものではない。
魔法使いは常に対魔力のバリアを纏っているものだが、
それでも吹き上げるこの魔力はバリアを突き破ってエルファの全身を焦がした。
 脇腹の傷が疼く。
炎はまるでそこが弱点であるかと解っているかのように素早く回り込み、燃やす。
流れ出る血は蒸発し、傷口を抉る。
 口から出そうになる悲鳴を必至に抑えて、エルファはとにかく前進した。
もう身に纏っていた外套は殆ど焼け落ちて、いや、炎の勢いで焼け飛んでいる。
手に握った光の剣は輝きを衰えない。この剣も必至に抵抗しているのだ。
 突然、真っ赤だった視界が開けた。
目の前には青々と茂る草木と、黒い外套を纏う魔導士。
肩口で少しはねている緑色の髪がすぐそこにあった。
少し伸ばせば剣が届く位置に。
 だが。
「……俺の炎を甘く見過ぎたようだな、エルファ」
 頭上から低い声が聞こえた。
身を焼いた痛みに耐え切れず、あと少しというところでエルファは膝をついてしまった。
 例え炎の壁を抜けても当然ながらその苦痛だけは消えない。
この程度の炎と侮り過ぎていたようだ。
あの炎に体力をほとんど奪われ、膝をついてでも上体を起こしているのがやっとといったところである。
肌や衣服は赤く、黒く焼け焦げ、脇腹の傷は(ただ)れている。
「いい加減、降参してはどうだ」
 再び声が聞こえたが、先ほどよりも遠くの位置から発せられているようだ。
ヴァスターの顔を見ようとしても、顔が上がらない。
もうその動作すらも苦痛だった。
 ヴァスターは大きく溜息をついた。
「エルファ、君の実力は判った。以前よりも成長しているというのもな。
だが、たった一人の人間すら殺せない。その決心がつかない。
先ほどからの判断ミス、決定力の欠如。
その程度の決意で、本当に冒険者になろうとなど思っていたのか」
「…………」
 答えられなかった。体力的にも、精神的にも。
 甘かったのかもしれない。
ヴァスターに殺されず、そして殺さずに止めてみせようと試みたものの、
結局それは判断力を鈍らせて止めるチャンスを全て失う結果となった。
中途半端な攻撃体制から斬りつけても、所詮は中途半端な攻撃しか生まれない。
この自分への甘さ、驕りがこの結果を招いたのだろう。
「でも……あたしは」
「ヴァスターを斬る事なんて出来ない、か。最もらしい言い分だな」
「……」
 斬れる訳が無い。殺れる訳が無い。
 親友をそう易々と斬れる人間が、この世界に何人居るだろう。
少なくとも自分はそうではない。
 例えあの子のためと言えど、ヴァスターを斬り捨てて行く事だけは出来なかった。
「エルファ」
 もうどうしたら良いのか判らなかった。
 自分に出来ることは何なのか。何をすべきなのか。
 親友を斬りたくない。それでもあの子を探し出したい。
 いつの間にか、目には涙が浮かんでいた。
何の涙なのか解らない。
その思い当たる候補が多過ぎて。




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20040414

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