Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


あの日を探して #1

 久しぶりに来たこの学園寮は二年前とちっとも変わっていない。
一階にあるゆったりと広いサロンでは学生たちが談笑し、
この昼休みの時間を有意義に過ごしているようだ。
今日のように良く晴れた日は表に設置されているベンチやテーブルを利用して昼食をとりながら、
友人とレポートを仕上げたりすることが日課だったなとしみじみと眺めた。
今でもその伝統は受け継がれているらしく、必死にそれらを仕上げる生徒の姿が懐かしい。
「っと、今日はこれが目的じゃないんだって」
 今日はこんな風景を懐かしむために寮へと来たのではない。
肩口で切り揃えた蒼い髪と長い外套をひるがえし、来訪者は廊下の方へと足を向けた。

 採光が良くなされているこの廊下はとても明るい。
天候が悪くてもこれだけ大きな窓が嵌められていれば日中灯りは不要である。
しかし窓が巨大なお陰で稲妻を鮮明に捉える事が出来てしまい、
雷光に怯える生徒が増えたという話もあったりする。
 サロンから廊下を真っ直ぐに進む。
右手には管理人室や食堂などがあるが今回そこへ用事はないので素通りした。
何人かの生徒とすれ違いながら突き当たりまで進むとエレベーターホールへと着く。
広くなった部屋に八つ円形の台座が備えつけられている。
「これを使うのも久しぶりね」
 台座は四つが昇り用、残りの四つが降り用となっていて、それぞれ使う生徒を分別していた。
転送用の装置ということもありコンパクトに、そしてシンプルにデザインされている。
魔法石がいくつか嵌め込まれているがどれも青い。
 懐かしいこの装置に見とれている場合でもないので懐を確認しながら台座へと足を運んだ。
人一人分のスペースしかないそこに乗ると台座の足元が淡く光り出す。
やがてその台座から垂直に天井までを青い光が覆った。
「あいつはたしか……四階だったわよね」
 眼前の壁に空いた六つの小さな穴にはそれぞれ各階の数値が記されている。
事務室で借り受けた拳大の青い宝珠を懐から取り出すと、
その目的地が書かれた穴へと宝珠を嵌め込んだ。
 嵌められた宝珠に反応して青い光はより一層光り輝く。
小さく目を瞑り、魔法を行使するが如く宝珠へそっと触れ、意識を集中させる。
一瞬の浮遊感。
この感触が好きで何度もこの装置を利用したこともあったなと何年も昔を思い出した。
それは一瞬であるがために気付いた時はもうすでに収まっていた。
 目を開けば先ほどと変わらない穴の開いた白い石の壁がある。
彼女の足元から放たれていた魔力の青い光も消え失せていた。
触れていた宝珠を外し台座から降りると、そこは先ほどとはやや風景が異なる。
窓から見える木々は焦げ茶色の幹ではなく青々と繁った葉で、
隣に建つ学園の高さも随分と低い位置に来ていた。
 魔力と青魔法石を媒介にして人物を転送する
――特に建物内において上下階の移動に用いられるその装置をエレベーターと呼ぶ。

 木製のドアを叩くと軽い音が鳴った。
どこのドアもそんな音なのだが、自分が二年前まで使っていた部屋と同じドアなのかと思うと
それなりに感慨深い音に聞こえるものだなと思う。
「どうぞ」
 部屋の主は相変わらずの低い声で返事をした。
研究や実践など忙しかった所為で、彼と会うのももう半年振りだろうか。
お互い卒業後は研究科に進み、異なる研究分野を目指したために会う事がめっきり減ってしまった。
たまにウィスパリングで研究についての相談や愚痴などをもらしたりする事はあっても、
実際にこの部屋へ足を運ぶ事はほとんどない。
「お邪魔しまーす」
 なんとなく敬語で返してから中へ入ると、
目に飛び込んできたのは大量の本が積まれた本棚と机だった。
日当たりの良い寮の一室は見事なまでに書庫と化している。
 部屋の主はその机に向かい、珈琲片手にせっせと資料を纏めている様子だった。
この机のどこに紙を置くスペースがあるのかと呆れてしまう。
更に言うなれば、レポートを書くのか珈琲を飲むのかどっちかに絞ればいいのではと思う。
「久しいなエルファ。あー、椅子はその角にあるのを使ってくれ」
 無造作に整えられた緑色の髪の毛が印象的な同僚は、
本の山の中からひらひらと手を振りながら部屋の隅に追いやられている椅子を示した。
エルファは言われた通り椅子を引っ張り出して腰掛けると、くすりと笑った。
「うん、久しぶり。それにしても……、相変わらず汚い部屋ねえ、ヴァス」
「散らかってて済まないな、魔力圧縮技法に関するレポートに追われててこのザマだ」
「ま、慣れてるからいいんだけどね」
 彼はレポートからペンを離すともう一脚椅子を取ってくれと頼んだ。
それをエルファの向かいに置くと自分もどっかと腰を下ろした。
 高等部在学中に魔術師の位を得るという大挙を果たしたこの同僚の名はヴァスターという。
エルファとは中等部時代からの縁で、現在は魔法力学の分野を専門的に研究している。
魔法力学の教授は厳しいと聞いていたが、
昔から優等生であったヴァスターがここまで苦労しているとなると相当なんだろうなと思わされた。
しかし普段から勉強しなくても出来るといった雰囲気を醸し出していた彼が、
レポートに追われているという姿を見れただけでもエルファは少し満足してしまった。
「それで例の話だけど、あれは本当なの?
 あの子を見たっていう話は」
 ヴァスターが腰を下ろすと同時にエルファは訊いた。
懐かしい場所を訪れた所為か色々と感慨深くなっていたが、今日の本題はこちらである。
「ああ。実際見たというのは俺ではなくテュケなんだが、見間違いは無いだろう。
 あの二人は小学部時代からの付き合いだ。信用出来る」
 昨晩、ヴァスターから一通のウィスパリングが届いたのが事の発端だった。
曰く、『あいつを見かけた』――と。
今からもう三年も前に行方不明になった友人。
エルファは親友であった彼女のことを一度たりとも忘れた事は無い。
自分にも、ヴァスターにも大切な彼女の事を。
「それでいつ、どこで見たの!?」
 身を乗り出したエルファはヴァスターに掴みかからんとする気迫だった。
それが本当ならば、少なくとも彼女は生きているという事。
生死さえも不明だった彼女に関する新たな情報が、三年経ってようやく飛び込んできた。
 ヴァスターはその気迫に臆することなく淡々と答える。
「三日前、ゲフェンタワーに入っていくのを目撃したそうだ。
 見知らぬ者たちと一緒だったそうだが、恐らくは新しい知り合いか仲間か。
 背格好は昔と変わらず高めの身長と、長いストレートの髪。
 ああ、髪は昔よりも少し長くなったとか言っていたか」
 あの頃の彼女を思い出す。
女性のエルファから見てもかの親友は美人だと言えた。
すらりとしたスタイルと、目つきが悪いとよく言われる割には面倒見の良い性格が人気で、
エルファもそんな友人に鼻が高かった。
今でもその姿を思い出せる。
三年経った彼女を想像することは難しいけれど、彼女のことだからそう変わってないだろうな。
 ヴァスターの言葉を聞くとエルファは椅子から立ち上がり、
ありがとと言いながら急いで部屋のドアへとかけて行った。
「おい、……どこへ行くつもりだエルファ」
 そそくさと立ち去るエルファの肩をヴァスターの手が掴んだ。
「どこって、決まってるでしょ。ゲフェニアダンジョンへ行くのよ。
 あの子を追うに決まってるじゃない」
 振り返るとそこには真剣な眼差しをした親友の顔があった。
彼はエルファの肩を掴んだ手を離さずに、一歩詰め寄る。
「三日前のことだ、もうあそこには居ないだろう。行くだけ無駄だ」
「それでも、行けば手がかりがあるかもしれないでしょ!?」
「無かったらどうするんだ」
 ヴァスターは表情を変えずに食い下がってくる。
「無かったらって……もしそうだったとしてもあたしは――」
「冒険者にでもなって大陸中を捜す、とでも言うつもりか」
「な……っ!?」
 ヴァスターの手を振りほどこうとしていたエルファは驚き、その手を止めた。
考えていなくもなかったが決心のついていなかった事を口に出されると思わず動揺してしまう。
そうするしかないと思いながらも、エルファはそれを決めかねていた。
 ヴァスターが再び椅子を示し、とにかく座るようにと促す。
されるがままにゆっくりと腰を下ろすと、彼もまた椅子の上で大きく溜息を吐いた。
「つまり、エルファがやろうとしている事はそういう事だ。
 あいつを追ってどこまでも行くという事は、俗に言う冒険者だろう?」
「まあ、そういう事になるわね」
 冒険者。
それは街の外、過酷な環境で誰に頼ることなく強く生きていく者たちの総称。
魔物の蔓延る外界において生き延びるには強い肉体と精神が要求される。
 自分が言った事はつまりそういう事。
「エルファが去年賢者の位を授かったのは知っている。
 だがな、エルファ。
 外は君の力だけで生きていけるような環境ではないという事くらい、知らない訳ではないだろう」
 ヴァスターの言っている事は最もだと思う。
例え自分が魔物たちの世界で渡り合える力を持っていようとも、
それだけでは寝床を得る事は出来ないし、食事にありつく事も出来ない。
ましてこの広い国、いや、大陸であの子に会えるかなんて保証なんかどこにもない。
もしかしたらテュケが見たと言っているのだって他人の空似かもしれないのだし。
「勿論知ってるわよ。
 あたしだって外に行く機会があるんだし、外界の恐ろしさは知っているつもりよ。
 何度か魔物たちと交戦したことがあるけれど……、
 正直なところ二度と会いたくはないと思った」
 昔、研究所に頼まれて魔物のサンプルを採取しに行ったり、
危険な場所に生えている薬草や鉱石を取りに行かされた事があった。
その時も命からがらといった感じで逃げ帰ってくるように戻ってきたものだった。
大抵は冒険者なんかに依頼してしまうらしいが、
信用やコストの問題から身内の学生を派遣したりすることが良くある。
 あの子に助けられた事も幾度と無くあった。
その度に外は暗く恐ろしい世界なんだと思い知らされてきたものだ。
 でも。
 それでも。
「そこまで解っていても、エルファ、君は行こうと言うのか」
 決心していなかった、迷っていたなんて言葉は、嘘だ。
もう自分の中で決まっていたんだ。
ただその答えに自信がなくて、優柔不断にそれを先延ばしにしていただけだった。
 この同僚はいつもこうやって手厳しい批判をしてくれるが、
それは常にエルファの事を気遣って後押ししてくれていたのだと、今になって気付いた。
 テュケがあの子を見たなどという事がエルファの耳に入れば、
当然そう言い出すという事はヴァスターも解っていただろう。
それなのに敢えて自分の口――ウィスパリングであったけれど――から伝えてきた。
 その意図は、エルファの心でもやもやしていた気持ちを一気に固めさせる事だ。
こうやって彼と話しているだけで、気持ちが強く引き締まっていくのが判る。
 ヴァスターには敵わないなと思うと、少しだけ苦笑した。
真剣な表情を変えずに見つめていたヴァスター本人も、
その様子から何かを察したのか少し表情を崩した。
「愚問ね、ヴァス。当然行くに決まってるでしょ」
 力強い表情と言葉を返した。
そこには相手を納得させるだけの説得力が含まれている。
エルファは自らの心に説得させられ、納得した。
 自分がやりたい事、やらねばならない事。それは既に胸の隅に眠っていたのだ。

「……そうか」
 快くエルファを送り出してくれるかと思われたが、
ヴァスターの表情はどこか曇っている。
「エルファの意志は理解した。
 君ならきっとそう言うだろうと思っていたからな。
 改めて意志を確認出来てよかった」
「それ、どういう意味?」
 組んでいた腕をほどき椅子から立ち上がったヴァスターは、
山のように本が積まれた机の裏側へと回った。
エルファからは死角になっているので何をしているのかはよく判らないが、
何か物を探しているかのような音が聞こえる。
 音が静まるとヴァスターは再びエルファの前に姿を現した。
右手には彼が中等部時代から愛用している杖が握られている。
先端に埋められた透けた紫色の宝石は汚れているがまだ強い魔力を秘めているようだ。
「エルファ」
「な、何よ、急に改まっちゃって」
 先ほど和らいだはずの彼の表情はいつの間にか強張っている。
ヴァスターのその声からはエルファが今まで一度も聞いた事のない、強い意志が感じられた。
彼も何かを決意した――そんな印象をおぼえた。
「あいつを追うのは止めろ」
 彼が独特の低い声で呟いたその言葉は、
エルファの想像していたものとは全く違うものだった。
「え……っ」
「俺ならばともかく、エルファの力など外界では全く通用しない。
 魔物の力、冒険者たちの力を甘く見過ぎだ。
 せいぜい喚きながら逃げ帰ってくるのが関の山だろうな」
 見下すように言うヴァスターはいつになく挑発的な態度を見せている。
過去何度も成績争いをしたことがあったが、
その時にもこれほどまでに抑圧的だったことはない。
「ちょっと、何よそれ……。そんなのやってみなければ判らないじゃない!」
「やってみなければ、で死なれては情報を提供したこっちが困る。
 友人としても、エルファに死なれては後々の処理が大変そうだからな」
「そんな心配ならしてもらわなくても結構。
 あたしはそう簡単に死にませんから――」
 そう言い終わる否かの刹那、
ヴァスターは手に持っていた杖をエルファの眼前に突き出した。
その鮮やかな寸止めでエルファも言葉を失ってしまった。
 そして放たれた言葉は、再びエルファを驚かせる。
「ならば、俺と殺り合っても死にはしないな」
「は……? 何を言って……」
「魔物に殺られるくらいならば俺がエルファを代わりに葬ってやろう。
 奴らに魂を食われて、死後永遠に苦しむよりは遥かにマシだ」
 何を言っているのか理解に苦しんだ。
 ――殺す?
 ――ヴァスが、あたしを?
「俺も超えられないような力量で冒険者になるとか言っていたのか。
 はっ、君もまだまだ子どもだな。
 ……それとも、怖気づいたかね?」
 ヴァスターは口の端を持ち上げて不敵に微笑んだ。
 彼が自分を挑発しているという事は明白。
これは彼なりの思惑があっての事なのか、それとも本気なのか自分には判らない。
判らないけれど、だがここで引いてしまったら駄目なんだと、
エルファはそんな気がしてならなかった。
「……解ったわ。受けてたとうじゃない、その挑戦。
 ヴァスなんか軽く返り討ちにしてあげるわよ」
 その親友の気迫に負けぬよう、エルファは大きく指をつき返した。

 ――そう、もう後戻りは出来ない。




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