Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


砂塵のラプソディ(前篇) #4

 西の空を紅く染めた日が沈む様をぼんやりと眺めながら、
ウィルアはテラスの手すりにもたれかかっていた。
目の前に広がる荒野と砂漠。
その閑散とした大地を眺めていると神妙な気持ちに襲われる。
 冬の夜風は冷たく、しかし少し火照った身体には心地が良い。
昼の仕事を終え、今は夜の仕事までの休憩時間。
散々こき使われて疲れ切った身体を休める事の出来る唯一の時間だ。
 掃除、洗濯、接客、付き人……まだまだ序の口なのだろうとは思ったが、
ほとんどひっきりなしに働かされていた。
召使いというのは皆こうも苛酷な労働を強いられているのかと思うとうんざりする。
どんなに理不尽な内容でもこなさなければならないのだろう。
こうはなりたくないなと思いながら、東の空に今宵の一番星を見つけた。
「はあ……」
 溜め息が出た。
ここまで大きな溜め息はいつぶりだろうか。
もしかするとここまで急激に思い詰めたことなど一度も無かったかもしれない。
 自分がこのギルドにおいて異質な存在である事は十分に理解していた。
特に目立って貢献する訳でもなく、かといって縁の下の力持ちをしているつもりもない。
確かに家事手伝いは人よりも巧くこなせるし、多人数戦闘において魔導士としての役割を果たしている。
 だが、それだけだった。
 ツァイトも自分の同志だと思った事があるがそれは今思うと間違いではないか。
無口で無表情で無愛想な彼もまた、必要最低限の事しかこなしていないと思っていた。
リーダーとして皆を指揮し、補佐し、一方では他人を受け容れず、他人との関わりを避ける。
 それは鏡だ。ツァイトはウィルア自身を映し出す生きた鏡だ。
鏡は目の前に立つ人物を映し出しただけであり、鏡自身がそうであるかとは全く関係が無い。
 映されていたのは自分だ。
他人を受け容れていないのはツァイトではなく、自分自身だ。
 それに気付くとウィルアは嘲笑わずにはいられなかった。

 ――私は、独りだ。

 ギルドという、他人との関わりを契約された世界に居ながらも、自分は一人だった。
その境地へと追いやっているのもまた自分であるという事を、理解していた。
仲間がとる一挙手一投足にまで翻弄され、理解しようともせずに相手を否定し、拒絶する。
 今までに友人と呼べる人物は居なかった。
それは周囲の人間たちが自分に興味を示さずに冷たかったからだと思っていた。
だがそれは逆だ。
自分が興味を持たなかったのだ。
だからこそ相手は応えるどころか見向きもしない。
 人は皆鏡であり、またドッペルゲンガーなのだ。
他人に自分を見出し、自分に他人を見出す。
それが出来ない人間が無為に他人を傷付け、更にその傷をえぐる。
人とは、独りでは完全にはなれない。
 だが、そんな自分を愚かだったとは思わない。
すぐに別れてしまうかもしれない相手に興味を持つことに意味があるとは思えない。
下手に情を移すよりも気に入らない時は切って捨てた方が手早く解決する。
無駄な同情も残らず、この甘ったるい世界にはこれくらいが丁度良いのだ。
 冷たいとか怖いとか、そんな言葉はもう耳にタコが出来る程聞いた。
だからどうしたというのだ。
私に何を求めるのだ。
 ――私が変われば、お前たちはそれで満足なのか。
 独りでいい。
独りが最も心地良い。
 ふと顔を上げると、空は星に満ちていた。
日が沈んだばかりなので空はまだ少し赤く明るいが、それでも星々の輝きが見て取れる。
「うわー……、綺麗な星空だねー」
 背後からイフェルの声が聞こえた。
ウィルアが振り向こうとするとイフェルはテラスまで出てきていて、
ウィルアの真横で同じように手すりにもたれかかる。
 イフェルは珍しそうに星空を眺めた。
イズルードから見る星空の下は漆黒の海だが、ここから見えるのは荒野と砂漠である。
その新鮮な感覚に浸るようにまじまじと景色を眺めていた。
「星に手が届きそうっていうのはこういうのを言うのかな?」
 楽しそうな笑顔を浮かべながらイフェルは呟いた。
モロクの周辺には街の灯りが無いため、深夜になれば輝くのは月と星くらいである。
イズルードは首都プロンテラが近いために夜も明るい光が漏れているため、
星の光がそれによって遮られてしまう事があるが、ここモロクではその心配もなさそうだ。
深夜には無数の星々が登場し、見事なステージを演出してくれるだろう。
 ふとイフェルを見ると、自分の方をじっと見つめている事に気が付く。
何かに憑かれたかのように一心に見つめていた。
「……私の顔に何か付いてる?」
 そのあまりに真剣な眼差しに、思わず訊いていた。
「ううん、そうじゃない。
 ……ウィーちゃん、何か悩み事とかない?
 最近元気無さそうだったから心配になってたんだけど……」
「え……?」
 驚いた。
ウィルアはイフェルがここまで自分のことを観察しているとは思ってもみなかった。
「荷を運んだ時も、今日の仕事のときもなんだか元気が無かったように見えたから。
 覇気が無い、って言うのかな?
 そんな感じに見えて、どうしたのかなあって。
 ……何かあった?」
 ウィルアは咄嗟に顔を背けてしまった。
 恥ずかしかった。
イフェルにまでそう思われていたという事はツァイトたちからもそう見えていたという事だ。
誰にも迷惑をかけずに一人決断しようと思っていたが、筒抜けになっていた。
 何かあったのかと問われてもこれは言える内容ではない。
自分のことを心配してくれるイフェルには悪いが、これだけは言う事は出来ない。
ギルドを抜けようと思っているだなどと、口が裂けても。
「……別に、何も無いわよイフェル。
 ただ少し、調子が悪かっただけ」
「ウィーちゃんって嘘つくの下手だからすぐ判るよ、そんなことない」
 イフェルはいつになく真剣に食い下がってきた。
目を伏せ、悲しそうな表情をして言葉を続ける。
「……リーダーもそうだったけどさ、なんでそうやって一人で全部抱え込んじゃうの?
 あたしたちってそんなに信頼出来ない?
 あたしだって、ウィーちゃんの力になりたいんだよ……」
「信頼出来ない訳じゃ、ない。だけど」
「だったら話してよ。
 ウィーちゃんが悩んでるのを見ると落ち付かないよ……」
 イフェルはウィルアにしがみついた。
イフェルの方が背が低いために表情は見えないが、泣いているのか、小刻みに震えていた。
服を掴むその手に入る力がひどく弱々しく思える。
 イフェルも、彼女なりに悩んでいたのだろう。
ツァイトの事件の時、イフェルは誰よりもツァイトの事を気にかけていた。
イフェルのお陰でツァイトが救われたと言っても過言ではない。
彼女のフォローがあったからこそメンバーの心は一つになっていたのだろう。
 そして今、その対象はウィルアへと移った。
「……余計なお世話よ」
 イフェルは顔を上げる。
だがウィルアは顔を背けた。
「これは私自身の問題なの。
 だからイフェルが心配なんかしてくれなくたって構わない。
 それどころか、そんな気兼ねは迷惑でしかない。
 ……だから、もう放っておいて」
「……こんなウィーちゃんを見て放ってくことなんて、……あたしには出来ない!」
「イフェル」
「なんでそういう言い方をするの?
 やっぱりウィーちゃんはあたしたちの事を信頼してない。
 全然判ってない、判ってないんだよ!」
 イフェルがウィルアの服を掴む手に力が入る。  その悲痛な叫びは夕闇に虚しく響いた。
星の瞬きが映えるようになってきたが二人の瞳にそれは映っていない。
休憩時間はもうとっくに過ぎ去っているに違いなかった。
「私は……」
「ウィーちゃん、ちゃんとあたしの目を見て」
 ウィルアはゆっくりと視線をイフェルの方へと向ける。
そこにはイフェルの真剣な眼差しがあった。
まぶたを腫らして、頬には涙の流れた後がある。
 イフェルは手の甲で涙を拭き取ると半歩下がって距離を取る。
「あたしは、ウィーちゃんのことを信頼してる。
 ……だから、こんなにも心配なんだよ」
 イフェルは祈るように呟いた。
 それでもまた、ウィルアは目を伏せる。
信頼しているなどという言葉は迷惑でしかなかった。
自分は信頼などされても嬉しくないのだし、これから離れるギルドに情を移したくなかった。
 自分を偽った事などない。
他人の事など関係無い、自分は独りだ。
それだけで十分。
「……そもそも、信頼って何?
 全てをイフェルに語る事?
 それだけが信頼の形ではないと私は思うわ。
 イフェルの言っている事は、ただの強要よ」
「ウィーちゃん!」
 イフェルの叫びを無視して、ウィルアは部屋の中へと入る。
 もはやこれ以上語る事など無い。
この仕事が終わったらすぐにギルドを出て再び放浪の旅に戻る。
国を出ればもう多分イフェルたちと会う事も無いだろう。
 それで、いい。
自分には誰かと馴れ合う事など出来ないのだ。


 ザーゲンから与えられた豪華な部屋を通り抜け、廊下へ出る扉に手をかける。
テラスで一人沈むイフェルを一瞥し、取っ手を握る手に力を入れる。
 だがその時突然取っ手が引かれ、扉が勢い良く開かれた。
「!?」
 部屋に踏み込んできたのは数人の武装した男たちだった。
昨日共に荷を運び込んだ男が先頭に居る。
ウィルアはその男に体当たりを食らうとその腕を取られ、動けぬようにしっかりと固められた。
 思わぬ強襲に全く反応が出来なかった。
魔法詠唱は人一倍早いと自負しているウィルアも詠唱開始のタイミングを逸してしまってはどうすることもできなかった。
 合計十人ほどの男が部屋へと踏み込んだ。
どの顔もこの家に雇われている者ばかりである。
戦闘技術など持っていないと思っていたがどうやら騙されたのだと気付く。
 ウィルアは床に叩き付けられそのまま身動きがとれなくなる。
魔法の使用には口と指が必要だが今はその腕を押さえられているため詠唱は不可能だった。
必死に身体を動かして抵抗を試みるが、女魔導士程度の力では男の力には敵うはずも無い。
「大人しくしていろ」
 押さえつけている男がそう呟くとウィルアは抵抗を諦め、力を抜いた。
「ウィーちゃんっ!」
 イフェルはテラスで完全に包囲されていた。
僧兵であるがゆえに武器が無くとも戦えるが、相手の数が多い。
男たちは手にナイフやメイスを握り威嚇している。
「お前も大人しく捕まってくれないか。傷を付けると価値が落ちるものでね」  男の一人が語りかける。
 何を言っているのかイフェルには理解出来なかったが、相手に殺意は無いのだということは判った。
「ウィーちゃんを放して」
 イフェルは鋭い目線で相手を睨み、怒りのこもった口調で返した。
 男はにやりと笑む。
「それは出来ない。お前たちは大切な商品なんだ、みすみす捨てる事は出来ないな」
 商品。捨てる。
 ウィルアはその意味をようやく理解すると、身体を圧迫されながらも必死に声を絞り出しイフェルへと叫ぶ。
「……イフェルっ! 貴方だけでも逃げなさい!」
「そんなこと出来る訳ないでしょ!
 ウィーちゃんを置いて逃げるなんて、出来っこない!」
 ウィルアを押さえ込む男がそれに気付くと一層強く腕を絞める。
悲鳴が漏れそうになりながらもウィルアは必死に声を張り上げた。
「イフェル……、ここでアンタまで捕まったら…誰がツァイトに報告するのよ……っ!」
 イフェルははっと気付くが、それでも首を大きく横に振った。
「こいつらをやっつけたほうが早い」
「……無理よ、この状況じゃ。それくらい…判るでしょ」
「でも!」
 イフェルを包囲する男たちに一瞬焦りの色が見えた。
各々が一歩踏み出し、包囲の輪が一回り小さくなる。
 中央の男が声高に叫んだ。
「逃げられる前に捕らえろ!
 やむを得ぬようなら武器の使用も認める!」
「……イフェルっ!」
 男たちが踏み込むと同時にイフェルは魔力を放出した。
淡く白い光が体を包み、頭上高く手をかざすと魔法を発動させる。
「……テレポートッ!」
 少女の声と身体は風と共に消え去った。
テラスには数人の男たちのみが残り、室内には呼吸の荒い魔導士が床に押さえ込まれている。


 満天の空、東の空からゆっくりと月が昇る。
月は満ちておらず、完全な円とは言えない。
だがその月光は街を照らし、荒野を照らす。
星々と月の輝きによって人々は安らぎを得て平穏な夜を過ごす事が出来る。
 一陣の風が通り過ぎた。
だがその小さな歪みに気付く者は誰一人として居なかった。
 ――遥か東の空から暗い雪雲がやってくる。



 ―――to be continued.



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