Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


砂塵のラプソディ(前篇) #3

 カプラ社の転送装置から降りるとすぐに潮の匂いが飛び込んできた。
アルティはカートを重そうに引きずりながら、二週間ぶりのイズルードを見渡した。
海から来る貿易風で相変わらず天気は良好。
雲を一気に内陸まで押しやってしまうからイズルードは比較的晴天が多い。
 大通りを一杯に埋め尽くす人々の姿も二週間前とさほど変わっていない。
だがよく見れば、人通りが少し減ったように思える。
アルティは商売柄そういったところに目ざとい。
露店を開く場所を見定める際には人通りも考慮に入れなければならないので、自然とそういったスキルが身に付いていた。
 減ったのは寒さの所為かなとさらりと流し、アルティはすたすたと南側へと歩を進めた。
南側の丘陵に聳えるはギルド街。
そこにある自らのギルドへと向かっていた。
 彼女は『黄昏に染まる翼』の金庫番を任されている。
メンバーたちが集めてきた収集品を捌いたり、貯めた軍資金を用いて買取屋業を営み、ギルドに貢献していた。
彼女のお陰でギルドは金銭問題で頭を抱えた事が無いと言っても過言ではない。
メンバーの誰しもがそう認めているのである。
 昨日まではモロクで露店を開いていた。
首都から離れた土地だけあって人通りはさほど多くないが、
それでも近くにピラミッドダンジョンやスフィンクスダンジョンが構えているので客に困った事はない。
今回の遠征でも多くの物品を売買し、見事黒字となった。
 昨日ギルドの仲間二人に偶然会い、少々ギルドが恋しく思えたので戻ってきた。
一、二週間に一回しかアジトに戻ってこないため、時にこうして恋しくなるのである。
「リーダーは元気にやってるかな?」
 一ヶ月前に起きたツァイトの事件。
彼は過去の仲間と不本意ながら邂逅した。
何年も昔に置いてきた仲間のその意志と遺志を知り、そしてそれを乗り越えた。
ギルドの仲間たちと共に生きるという事を選択した彼は、順調に仲間たちと打ち解けているようだ。
 事件以前までのツァイトはどうも他人を拒絶する雰囲気があったようにアルティは感じていた。
あの時以来まだ一度しかアジトに帰っていないが、随分と雰囲気が変わっていたように思える。
ぴりぴりとした緊張感というか、そういったものが薄くなっていた。
アルティもそれはとても喜ばしい事だった。
リーダーが変わらねばこのギルドも変わらない。
あのままではいつギルドが崩壊するか、正直怖かった。
 今、こうしてギルドの一員として活躍できる事をアルティは誇りに思っていた。

 白い街並みを歩いていくとようやくギルド街が見えてきた。
『黄昏に染まる翼』のアジトはその玄関口にあたる辺りに建っている。
二階建ての豪華なアジトだ。
特に飾りっ気も無い建物だが、玄関口には盾ほどの大きさのギルドエンブレムが立て掛けてある。
丸みを帯びた小さな翼が黄昏色に染まり、その羽根が一対描かれている。
いつも胸につけているバッヂに描かれているものと同じだが、
改めて眺めると感慨深いものがあるなとアルティはしみじみと思う。
 カートを握り直すと残りの距離を詰めた。
 ギルド街は人通りが少ない。
アジトがあるとはいえ表でうろうろとするような場所ではない。
アジトの中で大人しくしているか、もしくは外出しているのが常である。
隣のギルドと仲良くなるなどというパターンもあるが、
同業者のライバル同士、そうしたところで利益は無いため他所との交流は少ない。
 人通りが少ないというのはやや語弊がある。
人通りが無いという表現の方が正しい。
普段から人が踏み入るような土地ではないのだ。
住民も冒険者などとは関係を持ちたくないという者が多い。
 だから、こうやって人が居るととても目に付く。
「こんにちは」
 アルティは笑顔で挨拶をした。
身長の低いアルティは常に相手を見上げる感じになる。
 相手は落ちついた印象の女性だった。
特異な衣装を着ているが恐らくは狩人だ。
女性が『黄昏に染まる翼』の隣にあるアジトから出てきたのを、アルティは見ていた。
「あ、こんにちは」
 女性は小さく会釈する。
それに合わせてアルティも会釈する。
「……えーと、お隣さん?
 うちの隣から出てきたのを見たけれど」
 アルティが言うと女性は振り返り、自らの出てきた建物の隣にあるアジトを見やる。
エンブレムを確認すると向き直り、顔に笑顔を作った。
「お隣さんにこんなに可愛い商人さんがいるなんて知りませんでした」
「ありがと。あたしはあのアジトにほとんど居ないから知らなくて当然よ。
 あたしも貴方たちのギルドのこと全然知らないからね」
 アルティは苦笑して言う。
あのアジトにもっと居座っていればこの人のことも知っていただろうと少し悔やまれた。
「これも何かの縁ね。
 あたしはアルティ。アル、でいいわ。貴方は?」
「私はユンリィです。
 そうですね、これも何かの縁でしょう。
 アルさん、よろしくお願いします」
 ユンリィと名乗った女性は手を差し出した。
アルティはそれを握り返す。
優しい手だなと、そう思った。
「こちらこそよろしく。
 どこに出かけるつもりだったのか訊いてもいい?」
 アルティはなんとなくそう訊いてみた。
彼女の格好を見ると、どうも狩りに出かけるようなスタイルには見えなかった。
醤油が切れたからちょっと街まで、と言った雰囲気だった。
「ちょっと矢を補充しに、です」
 だが返ってきた答えは意外なものだった。
矢が切れたからちょっと街まで、だと言う。
アルティは驚いて思わず訊き返してしまった。
「矢? 室内で矢を使っていたの?」
「ええ。これはちょっとした事情があるんですが……」
 楽しそうに話し出す彼女に、アルティもちょっと楽しくなり耳を傾けた。
 元々お喋り好きなアルティにとってこういう出会いは歓迎すべきものだった。
ギルドに入った理由も大本を正せば、こういった群れというものが欲しかったからである。
だからこうして隣のギルドの人と仲良くなれるというのも、喜ばしい事なのだ。
 ユンリィの話によると、ギルドの中で蜜柑が大流行し、
彼女はその管理を任されて攻城用のクロスボウを使用しているという。
丁度その矢を切らしてしまったので買い足しに行くのだと言う。
「随分と物騒なことやっているのね、そっちのギルドは……」
「そうでもしないとみかんで破産してしまいます。
 それくらい重大な事件なんです」
 重大な事件と言っている割にユンリィは楽しそうにそれを語る。
「あ、そういえばカートに何本か矢があるけれど、いる?
 お近づきの印に進呈するわよ」
 アルティはカートの中を探ると数十本の矢を取り出した。
アルティのカートには大抵の品が常駐してある。
この矢もその一つで、もしもの時の為に用意してあったものである。
「ふふ……、では有り難く頂戴します。
 これでまたすぐに持ち場に戻れます」
 ユンリィは矢の束を受け取ると再び会釈をした。
何の屈託もないその笑顔はとても眩しかった。
 アルティはカートの蓋を閉めて取っ手を握りなおした。
「うん、それじゃ頑張ってね」
「ええ、そちらも。それではまた」
 そう言うと彼女は自らのアジトの扉を開け、中へと入っていった。
 また会えるだろうか、とアルティは思う。
アルティがこのギルドに入団してから半年が過ぎようとしているのに、
会話を交わしたのは今日が初めてというのは寂しい気がした。
アジトを往復する周期をもう少し短くしようかなと思い、またカートを引き始めた。
 昼下がりの空、雲が一つゆったりと浮かんでいた。


***


 アルティがアジトに帰ると、そこには懐かしの雰囲気があった。
ムードメーカーのイフェルたちが居ないとは言え、家を懐かしむ気持ちは変わらない。
明るい色をした木の床、赤い煉瓦で組まれた暖炉、角度が急で少し怖い階段、そしていつもの顔ぶれ。
 部屋に居た三人は口々におかえりとねぎらいの言葉をかけ、
シュウは手際良く準備した珈琲を振る舞ってくれた。
商売をしている時はある程度情を抑え、正確に品と客を見定める事にかまけているのだが、
そうやって気を緊張させてばかりいるとやはり疲れる。
半年近くそういった仕事をやってきているつもりだったが、
この疲れに慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうだと思う。
 しかし、慣れていなくても自分には帰る家があるんだ、とアルティは思う。
その疲れもこの気の良い仲間たちが待っている家に帰ってくれば一気に安らぐ。
この安らぎがアルティにはとても心地よかった。
仲間たちの為に働いて、その仲間たちと共に気兼ねない生活を送る。
自分はなんて幸せなんだろうと思う。
「……アル、なんか良い事でもあったの?」
「ん?」
 アルティがほっと一息ついていると、机の上に腕を投げだしてリラックスしているゲインが訊いた。
「なんか顔がにやけてる。珍しいなぁって」
「ちょっと色々と考え事をしてたのよ。気にしないで」
 ゲインはにこりと意地悪く笑う。
「……気にする。何考えてたの?」
「ヒミツ」
 アルティがいじらしく笑いを返すとゲインはなんともつまらなさそうな顔をする。
こんな事を考えていたなどといちいち言う必要も無いかと思い、さらりと流した。
 これは皆同じ気持ちだろうなと思った。
仲の良い者たちと同じ場所で同じ生活を送れるなど、この上ない贅沢だろう。
どんなに金を積んだところでそれが手に入るかどうかは本人の努力次第。
そしてここに居るメンバーはそれを手に入れた。
 そんな幸せを思うと、アルティは笑みを隠さずにはいられなかった。
「アルティ、今回の決算書を渡してもらえるか?
 丁度、前回までの整理が終わったところでな」
 ツァイトはひとつ溜め息をつくとペンを置いて伸びをした。
相変わらず無表情ではあるが、どことなく優しさのある口調と雰囲気が読み取れた。
「そういえば久々に見たかも、リーダーの眼鏡姿」
 アルティはカートの中に放ってあった出納帳を取り出すとツァイトへと手渡した。
「色々とあって書類整理する事も少なかったからな。
 その分、こうやって大量に処理しなければならなくなるわけだ。
 ……今回はまた随分と稼いだな」
 ツァイトは出納帳をめくりながら呟いた。
 アルティの買取業はリスクが大きい分、成功すれば見返りも大きい。
アルティは腕が良いのか大抵の場合は黒字になる。
出納帳には可愛らしい丸い文字が羅列されていて、一番下の収支の欄には「百二十」という数字が記入されていた。
「モロクだと客の質が落ちるからあんまり稼げないかなと思ってたんだけれど、
 まとめてみるとなかなか稼げてて、あたしも驚いた。
 あ、その数値は概算だから計算しなおしておいてね」
「ああ。……全く、アルティには頭が上がりそうに無い」
 口元に小さな笑みを浮かべたツァイトにつられてアルティもにこりと笑う。
この笑いは商売上のものではなく、本心からのものだ。
「でも貴方はリーダーらしく、堂々といばってなきゃダメよ。
 そうやってギルド全体の統制を執るのがリーダーってものなんだから。
 あたしなんか軽く顎で使ってくれないと」
「……努力する。取り敢えず今日はゆっくりと休んでくれ」
 そう言うとツァイトはアルティの出納帳とギルドの収支報告書を並べて置き、再び事務作業へと取りかかった。
 ゆったりとした時間が流れる冬の午後。
このまま暖炉の前で寝入ってしまおうかなとぼんやり考えながら、アルティは空を眺めていた。
窓から見える切り取られた空に雲は無い。
陽気も暖かく、小春日和という言葉が良く似合う一日になるだろうと思う。
 ――平穏なその時間が打ち破かれたのは、空が赤くなり始めた頃だった。

 扉をこつこつと叩く音でアルティは目を覚ました。
 ふと気付くと自分に毛布がかけられている。
アルティは暖炉の前の椅子で本当に寝入ってしまっていた。
これだけ気持ちを休められた日も久しぶりだった所為か、うとうととしていたようだ。
 眠い目をこすりながら椅子を立ち上がったが、シュウがそれを制する。
シュウは特に警戒もせず、扉越しに名を問うた。
「忙しいところを申し訳無い。公安維持局の者だ。
 君らに折り入って仕事を依頼したくこちらを訪問した次第。
 宜しいかね?」
 扉の向こうから聞こえてきた声は流暢な口調で仕事の依頼を申し込んできた。
シュウが目配せをすると、ツァイトは一つ頷き招き入れるように示した。
 公安維持局。その言葉を聞いて一瞬空気に緊張が走った。
通常『公安』と呼ばれるその組織はその名の通り、王国の秩序と安全の為に日々尽力している。
一部の上流貴族たちが出資している公安は各街の自警団よりも遥かに功績をあげるエリート集団である。
大抵の場合その取り締まりのターゲットが気性の荒い冒険者たちであるために、
この界隈でその言葉を聞くとほとんどの者が身を凍らせるか怒りに満ちる。
このギルドのメンバーたちも極力関わりたくないと思ってきた相手である。
 扉の先には背が高くすらりとした体格の男が立っていた。
服装は黒い礼服(フォーマルスーツ)で、細めのデザインの銀縁眼鏡と敵を見据えるかのような視線が印象的だった。
得物は持っておらず、むしろ戦闘など出来ないのではないかと思わせるほど男は非力そうに見えた。
 アルティは毛布をたたみ椅子にかけると台所へ向かい、軽く顔を洗う。
客を出迎える時に寝ぼけていたのでは格好がつかない。
眠気は完全には抜けなかったがそれでも幾分かましになっただろうと思う。
 部屋に戻ると中央のテーブルを囲んでメンバーと公安の男が座っていた。
アルティはツァイトとゲインの間にある空いた席につく。
「それではまず自己紹介をさせていただきたい」
 不敵な笑みを浮かべて男は立ち上がり、ゆるく頭を下げる。
「私は王国公安維持局本部局長のアナエル・プリンシパリティ。
 以後お見知りおきを」
 その場に居た全員の表情が強張った。
まさか公安の頭目が自ら出向いてくるなどと誰も思ってはいなかった。
公安の幹部は皆会議室でふんぞり返って指示しているのだろうというのが冒険者たちの中で広く言われる噂だから当然である。
 局長の訪問にはアルティも驚きを隠せなかった。
「なんで局長さんが直接?」
「局長と言えど、私も現場を訪れて世間を見ておく必要がある。
 そのため度々、こうやって私自ら直接交渉をしたり取り締まりを行ったりしているのだよ。
 今回は少し危険な仕事なのでね、直々に頼みにきたという訳だ」
 アナエルはそう言うと眼鏡を軽く押し上げた。
「危険な仕事……?
 エリート揃いの公安でも対応出来ないほどの任務を、僕らに任せると言うのかい?」
 口を開きかけたアルティよりも先にゲインが訊いた。
アナエルは首を横に振ると説明を始めた。
「我々だけで処理出来ない事はないのだが、体裁上(はばか)られる内容なのだ。
 そこである程度実力のあるギルドに任せようと思い、君らに白羽の矢が立ったという経緯だ。
 気に入らなければ断ってくれてもいい」
 アナエルは一呼吸置くと再び続ける。
「内容は、平たく言えばスパイだ。
 とある邸宅へ忍び込み、指定する書類を盗ってきてもらいたい。
 報酬は百万だ」
「ちょっと待って下さい」
 そこで止めたのはシュウだった。
シュウは難しい顔をしながら内容を整理しているように見えた。
「公安では堂々と扱えない内容なのは理解しました。
 でも納得した訳ではありません。
 動機を教えて下さい。
 それはそこまでして手に入れなければならない物なのですか?
 そうでなければ引き受ける事は出来ません」
 アナエルの目をしっかりと見つめながら、シュウははっきりとした口調で断言した。
ツァイトは目を伏せて静かに問答を聞いている様子である。
 アナエルはその視線を細めた目で真っ直ぐに返す。
暫く何かを見定めるように見つめると、ふっと小さく笑む。
「……ふむ、思ったよりは出来るようだな」
 アルティはアナエルを見つめながら耳を傾けた。
「標的は表向きでは誠実な商人を装っているが、
 その実、秘密裏に人身売買を行っているとの情報が入った。
 当然、治安維持の為にもそれを放置しておく事は我々には出来ない。
 諜報隊に調査させたところ事実であることは確かだが、確固たる物証が手に入らない。
 そこで、実力ある君らに潜入してほしい。
 それに関する資料を奪い、現場を押さえてもらいたい。
 ……これで満足かな?」
 アナエルは言い終えると再び不敵に微笑む。
この笑みは癖なのか、それとも何か他意があるのか、アルティには計りかねた。
 アナエルの言葉に答える者は居なかった。
各々にその意味を咀嚼していた。
公安に関わるなという警鐘がどこかで鳴っている。
 ゲインの表情からは特にその事が読み取れた。
王国騎士団と公安は非常に仲が悪いことで有名である。
公安は騎士団がしてきた公務さえも奪い、貴族たちにも大変気に入られている。
騎士団が憎いのではないが、貴族たちが私利私欲に政治を動かしてきた結果こうなった。
騎士団は国王直属の部隊であり、公安は貴族たちの私営組織。
身の軽さから言えば圧倒的に公安の方が上なのである。
 今回依頼を申し出てきたのが局長本人であるのはゲインの存在も兼ねてであろうと思う。
これだけ重大な内容は頭目自身が言い渡すべきだという礼儀と、
騎士団でも数少ない冒険者ギルド所属者に対する威嚇だ。
ここで下手に騎士を刺激すればどうなるかは判ったものではない。
公安も争いを好んではいないようだ。
 報酬百万ゼニーというのは非常に妥当だとアルティは判断する。
この任務は、失敗すれば命を落としかねない。
通常の魔物退治とは違って相手は自分たちと同じ、人。
情が出てしまうのは至極当然の事だが、それは成功率の低下を意味する。
それだけ困難な任務に百万という額はとても利に適っている。
 沈黙はまだ続いた。
誰しもが決めかねているようだった。
彼らを悩ませている大きな要因は、やはり相手が公安だということである。
このギルドに直接被害が及んだ事はまだ一度も無いが、
知り合いたちが捕らえられたり国外追放にあったりとされている以上、
信頼しろという方が無理な話なのである。
百万という金額は魅力的だ。
この程度の依頼なら暗殺者キーツと共にこなせばさほど苦も無く成功へと収められるだろう。

 だが。

 待ち疲れたのか、アナエルは正面に組んでいた腕をほどくとテーブルの上でまた組みなおした。
先程のような不敵な笑みは消え失せ、少し残念そうな表情をしている。
「……君ら冒険者が我々公安を目の仇にしているのは判っている」
 アナエルは静かに口を開いた。全員の視線が集中する。
「事実、我々は冒険者たちを多く取り締まり、処罰してきた。
 それを今更言い逃れるつもりは無い。
 我々には我々の正義があり、それを守ってきたのだからな。
 だがね、君らは君らだ。他の冒険者たちが我々公安を嫌おうが、君らには一切関係無い。
 ……違うかね?」
 それはその通りだ、とアルティは思う。
自分はそんな些細な事を気にした事は無い。
公安が何をしようが、自分がそれとどう向き合うかは別問題だと判っている。
 問題は、仲間たちが必ずしもそう思ってはいないだろうということである。
この場に居ないイフェルとウィルアは除外しても、ゲインが首を縦に振るかが怪しい。
 ゲインを説得して引き受けさせる事は実質可能だろう。
だがそれは相手を真の意味で納得させたことにはならない。
周囲の者が下した決断に反対する者を説得し無理矢理考えを押しつけるというのは、
形は違えど一種の村八分にしか思えないのだ。
真の納得とは、本人が周囲の意志に流されずに自ら決断することだ。
決して、決断させることではない。
 全員の視線が自然とゲインへと集まっていた。
本人もそれに気付いている。
何かを考え、それをまとめている様子が見て取ることができた。
この状況で納得は無理かもしれない、とアルティは思う。
 その時、ようやく口を開いたのはゲインではなくツァイトだった。
「わかった、引き受けよう」
 そのツァイトの言葉にゲインは悔しそうな、また安堵したような、なんとも形容し難い表情をした。
自ら決断できずに、結局はツァイトに支えてもらう羽目になったのだから当然だ。
 少しの間、静寂が幕を下ろした。
アナエルは口元を緩ませ三度、不敵な笑みを浮かべる。
 彼がこちらをもてあそんでいるわけではないということは百も承知であったが、
アルティはそれでも胸がむかむかと嫌な感じがした。
ここにイフェルが居なくて良かったと思う。
彼女が居ればまず間違いなく一撃入れていただろう。
嫌味でないことは判っていてもその態度が気に障った。
「ありがとう、君らなら引き受けてくれるだろうと思っていた」
 アナエルは眼鏡を押し上げるとツァイトを真っ直ぐと見据えた。
「実行は早い方が良い。今夜中にも決行して欲しい。
 それと、これが依頼書だ」
 そう言うと懐から小さな円柱状の包みを取り出し、丸められた羊皮紙を広げた。
ツァイトはそれを受け取るとざっと目を通す。
 しばらくするとツァイトの視線が止まった。
表情が固い。
驚いていると表現するのが一番適切たろうか。
「これは……どういう冗談だ」
 アナエルは不思議そうな目をして首をかしげる。
 アルティも何事かと思い、ツァイトの横から依頼書を覗く。
そこにはつらつらと書かれた決まり文句の後に依頼目的、依頼内容、報酬などが記述されていた。
更に虎を象った判子が捺され、小奇麗なデザインで縁が彩られている。
 そしてアルティも依頼内容の項目が目に入った時、自らの目を疑った。
「ちょっと…これはまずいことになったわよ……」
「どうしたんだ?」
 ゲインが訊く。
アルティは息を呑み、そして、答える。
「あたしたちが狙うべき相手は、モロクの豪商スペサルティン氏。
 今、イフェルとウィルアが仕事を引き受けてる依頼主よ……っ!」



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