Zephyr Cradle

Site Menu

Ragnarok Online Variations


砂塵のラプソディ(前篇) #2

 目の前一面に広がるは淡い茶色の砂と乾いた青色の空。
吹き荒れる乾いた風は砂の表面に芸術的な造型物を描いていく。
点々と大きく間隔を空けて生える植物はどれもイズルードでは見かけないものばかり。
この悪条件でも生き抜けるように進化を繰り返した強者だけが生き残っている。
どれもが葉を退化させ、茎や根を固くがっしりと強化させた。
 そこはソグラト砂漠と呼ばれる過酷な世界。
飢えた者は風化し、死を迎えた者は骨となる。
それは魔物たちにも通用する不変の真理である。

「――母なる大地の鼓動よ、今此処に其の心音を表象せよッ!
 ――Heaven's Drive!!」
 高らかに響く女声と共に円形の魔法陣が大きく描かれる。
その円陣は一瞬の輝きを放った後消滅し、同時に砂漠から巨岩が現れその魔物たちの体躯を突き破った。
サボテンを装ったものや巨大な蝿と似た魔物はその轟音と自らの絶叫と共に消え失せた。
「ウィーちゃん、しゃがんで!」
 魔導士はその声を聞くととっさに身をかがめ、死角から仕掛けられたスチールチョンチョンの体当たりを避ける。
標的を空振り、通り過ぎた魔物は反転し再び同じ対象に狙いを定める。
だがその先に居たのは先ほどの人間ではなく、白い胴衣を羽織った少女だった。
気づいた時には既に時遅く、掛け声と共に打ち込まれた正拳により魔物は弾け飛んだ。
空を飛んでいた魔物は砂上に打ちつけられ四肢が千切れ飛んだ。
 魔物が皆沈黙したことを確認すると、少女は深く呼吸をする。
魔導士は服をはたきながら立ち上がるとその少女の元へ近付いた。
「随分と調子が戻ってきてるわね、イフェル。
 やっぱりこういう気候じゃないと本領発揮は出来ないのかしらね?」
 外套の端についた返り血をこすりながらウィルアは呟く。
「やっぱこうあったかくなきゃ力出ないよ。
 寒いと身体が動かないからダメなんだよねぇ。
 冬が嫌いってわけじゃないんだけどさ、雪とかクリスマスとか好きだし。
 寒くなければ冬が好きになれるんだけどなぁ」
「寒くなかったら冬じゃないでしょう……」
「そうなんだよねー……。
 やっぱり、こういう季節のためにモロクにもアジトが欲しいかな。
 季節によってイズルードのほうと使い分ければすっごい効率いいと思うんだけどなぁ」
「アジトを二つも貰えるわけがないでしょう。
 はぁ……、どうしてそんなに楽観していられるんだか」
 イフェルといるとどうにも調子が狂ってしまう。
ウィルアは自分がこんなに思いつめているのがバカバカしくも思えてしまう。
どうでもいいようなことにやたらと拘り、妄想して、否定されると落胆する。
そんな性格に少なからず憧れつつも、やはり自分はそう在るべきではないと再認識する。
 二人はもう一度魔物の気配を確認する。
この平坦で広い砂漠において魔物を探す事はとりあえずは容易なことである。
この荒れた砂漠にも街道があり、周囲の砂地よりも遥かに歩きやすくなっている。
街道には大した強さの魔物は現れたりしない。
街道から南の方に聳える岩場やそれを越えて海岸沿いの方まで行くと強力な魔物が常時徘徊しているが、
そんなところに用があるのは物好きな冒険者たちだけで、隊商とは無関係である。
 ひとまず魔物がいない事を確認すると、手を振って隊商の先頭にいる者へとサインを送る。
隊商はペコ車七台にも及ぶ大編成である。それゆえに依頼主側の人員も少なくはないのだが、
まっとうな戦闘が出来るというわけではないので、襲撃の際はこうして護衛から離れて大人しくしている。
 魔物の気配が去った事を知るとペコペコの乗り手たちは安堵の色を見せ、手綱を握った。
イフェルは先頭車両に、ウィルアは最後尾の車両へと乗り込むと再び隊商はそろそろと歩を進め始める。
街道は足場が良いとはいえこれほどまでに重量のある荷を運ぶ際は注意が必要であるために、
速度を出して進むことはせずに、ペコペコたちが普段歩く程度の速度で進むことにしている。
 イズルードを出発してから一週間が経とうとしている。
魔物の襲撃は激しいが大した苦戦もせずに進んでくる事が出来た。
日中は三十度を越える気温、夜間は時に氷点下まで至る寒さ、そして砂嵐。
魔物たちよりもむしろこちらのほうが強敵だったと言える。
この気温差は、ペコペコたちにはさほど苦しくないようだったが人間たちには並の環境ではなかった。
隊商の者たちがしっかりと日よけ・防寒準備を用意していたためなんとかここまで来る事が出来たが、
これ以上砂漠には居たくはないという雰囲気が隊商に漂い始めている。
誰しも疲労の色が強く、イフェルやウィルアも少しやつれているように見えた。
 だが目的地はもう目の前にある。
既にモロクの城壁は見え始めていた。


 一団がモロクに到着した時にはもう日がだいぶ傾いていた。
 城壁を潜ると正面には半球状の屋根をもつモロク城が荘厳に聳え立っている。
夕日に照らされたその建造物は砂漠の色にとけ込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。
城の周りを囲むのは堀ではなく天然のオアシスである。
 街路樹は砂漠にも多く生えていた葉の少ない植物が主である。
街路樹といっても道沿いに人為的に植えられたものではなく、ほとんど自然のままに生えている。
その植物から取れる葉や幹、茎や根は住居に活用される。
それらを干して乾燥させ、家の日よけや屋根に多く利用されているのが見える。
気付けばこの街にある建物の窓にはガラスが入れられていない。
乾燥し、砂嵐があるこの地方で窓ガラスは危険材料であり不要なのだ。
 南北、東西を走る通りには多くの露店が立ち並び賑わいを見せている。
イズルードとは一風違う、見た事も無いような品々が取引されている。
この地方でしか取れない珍重なバラやガラス細工といったものはこの地方特有である。
砂漠で過ごす者たちは他の地域とは全く異なり、
厚い布を重ね合わせただけのようにも見える、通気性に富んで日光を遮断しやすい格好をしている。
その特色ある服もこの街で大量に生産され、取引が行われている。
こんな環境でも商業というのは衰えることなく発展しているのだ。
「あれ……?」
 ペコ車から降り、街を眺めながら並んで歩いていると、イフェルが目を凝らしながら呟いた。
「あそこにいるのってアルちゃんじゃない?」
 ウィルアはイフェルが指差している方向をみやる。
数多くの露店に混じって一人、小さな商人が目に付く。
屋台の上に何も載せず、客が持っている品物を真剣に見定めながら交渉をしている。
客の方は体躯の大きい剣士。
小さな商人からしてみれば見上げんばかりの身長である。
だがしばらくすると客は品物を自らの荷物に仕舞い、気落ちしたように立ち去っていった。
 二人はそこを見計らって少女の元へと駆け寄る。
少女は二人に気付くと目を丸くして驚く。
「アルちゃん! ひっさしぶりー」
 イフェルは少女アルティに飛びかかるように抱きつく。
背の低いアルティは突然の襲撃を避け切れなかったためイフェルの下でもがく羽目になる。
慌ててイフェルが手を離すとアルティは少し咳き込んで調子を整える。
「こほっ……。
 ……まったく、イフェルったら本当に雑なんだから。
 少しはこっちのことも考えて欲しいわね」
「えへへ、ごめんごめん。思わずつい……」
「まぁ久しぶりだしね、許してあげるわよ」
 アルティは各都市を転々としながら買取業を続ける若き商人である。
今回はまた二週間ほどアジトに戻らずに放浪している。
 普通の販売業の露店とは違い、買取業というのはそれなりの技術とコミュニケーション力が要求される。
安定した収入を得る事が出来ないためにこうやって長期出張をして稼ぎを貯めているのである。
収入は安定しないがその金額は販売業と比べ物にならないほど多い。
ハイリスク・ハイリターンという言葉が非常に良く似合う商売がこの買取業である。
「それにしても、二人はなんでまたこんなところに?
 ……もしかしてイフェルが寒い寒いって騒ぐから連れて来たとかそういうの?」
 アルティはウィルアを見つめて訊ねる。
ウィルアは女性ながらに身長が高いため、アルティはやはり見上げる格好になる。
「八割くらい当たり」
 ウィルアがさらりと言い放つ。
「……十割じゃないのが驚きね。残りの二割は?」
「依頼よ。
 イフェルがモロクに来たいという理由だけで少し怪しい依頼を引き受けてね、私はそれのお守りってわけ。
 だからそれが残りの二割」
「ウィルアも大変ねえ。同情するわ」
「ありがと」
 二人の会話を聞いてイフェルは何度か突っ込もうとしていたようにも見えるが、
この二人と口論しても勝てる気がしないと察し諦めたようだ。
 いじけているイフェルに、アルティは微笑んで背を叩く。
「理由はどうあれ、依頼を引き受けようって気が起きるだけ偉いわよ。
 で、どんな依頼を受けたの?」
「うう…ありがと……。
 そう言ってくれるのはアルちゃんだけだよ……」
 イフェルは事の次第を最初から話し始める。
ウィルアがところどころ付け足しながら説明するのをアルティは真剣に聞いていた。
だが、その表情は徐々に色を変えていった。
 一通りの説明が終わるとアルティは腕を組んで俯く。
息を長く吐くと呆れたように呟いた。
「……はぁ、前言撤回。
 イフェルってどうしてそう貧乏クジばっか引くのかしら……」
「な、何?」
「リーダーの言う通り、今回の依頼は相当怪しいってことよ。
 普通に考えればまず引き受けないわね。
 こんな危ない依頼引き受けなくてもモロクくらいカプラでひとっ飛びなんだし、
 探せば他にもっとまともな依頼もあったんだろうから、そうすればよかったのよ。
 召使いが消え失せたなんてところに飛び込むだなんて、
 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』どころか『百害あって一利なし』よ」
「そ…そんなぁ…」
 イフェルは今にも泣きそうな顔をしている。
 アルティの弁舌にはウィルアも一目置いている。
彼女の言葉は内容だけでなく口調にも相当の威力があり、相手の心を完全に把握、支配するのである。
それは買取業で磨かれた技術だと思われるが定かではない。
だがこの毒舌とも言うべき弁論により多くの収入を叩き出し、またギルドのメンバーを支えてきたのは周知の事実である。
 理論よりも感情で動くイフェルにとっては正に最強の敵であろう。
「もう引き受けちゃったんだし、泣き事言ってもしょうがないわよ。
 引き受けたからにはしっかりと最後までやり通す。
 それがあたしたち冒険者ってやつでしょ?
 ……大丈夫、アナタたちくらいの実力があれば問題はないわよ。
 常に警戒を怠らず、周囲の気配に敏感になっていればね」
「…うん、わかった。ありがとね」
 アルティの言葉にフォローされて、イフェルは元気を取り戻したようだ。
 ウィルアが隊商のペコ車の方を見やると男たちがこちらを睨んでいた。
ひとつ息をつくとイフェルの肩を叩き、男たちの方を小さく指差した。
アルティもそれに気付き、顔を覗かせる。
「あれが貴方たちの依頼主?」
「うん、そだよ」
 数人の男たちは絹などを用いたやや上等な服を着ているが、
服装に似合わず顔の表情はどこか緊張した面持ちで、腕を組んでペコペコの側に控えている。
勝手に隊商を離れて話し込んでいた事がやはり気に入らなかったようだ。
「人相の悪そうな顔してるわね……。女の子なんだから気をつけなさいよ?」
 アルティは笑顔で言う。つられてイフェルも笑う。

 二人はアルティに別れを告げると小走りでペコ車の方へと駆けて行った。
 日が落ちようとしていた。
辺りは赤から紺へと色を変化させ、気温は徐々に下がっていった。
風が一つ通り抜ける。少し砂の混じった味を感じた。


***


 ペコ車から荷を下ろし終わると辺りはすっかりと闇に包まれていた。
 モロクの街外れにある屋敷の裏門から敷地へと踏み込み、
その裏手にある大きな倉庫へとペコペコたちを誘導する。
倉庫はペコペコを十数羽は格納できるほどの広さを持っていて、
そこに、一つの箱につき四人がかりで担当して搬入し、合計五十個ほどの箱を運ぶ。
全てを終えると皆汗だくだった。
 箱の中には商品である武具や食料品、衣服や鉄鉱石、魔法石など様々な品が入っているとウィルアは聞いていた。
特にシュバルツバルトの方から輸入されたものが大半を占めているらしい。
中身にはさして興味は湧かなかったが、重労働は流石に堪えた。
鉄製品は殊に重い。
見た目よりも遥かに重いこの品物を、無造作に箱に詰めて運ぶなど無謀だと思った。
 当然と言うべきか、イフェルは相当活躍していた。
あの身体の何処にそんな力が秘められているのかいつも不思議で仕方が無い。
小柄で背も小さく、腕も僧兵(モンク)の割には細い。
十七歳だと聞いているが実際は十四歳程度に見える。
周囲に居る柄の悪そうな男たちよりも軽々と箱を支える姿はなんとも滑稽だと思う。
 ウィルアは小さく息を吐いて、額の汗を拭った。
魔導士である彼女にとってこの仕事は一言で言い表せないほど過酷なものだった。
魔導士というのは総じて非力と相場が決まっており、ウィルアもそれに漏れず体力が無い。
賢者には剣技や投擲術をマスターし、体捌きの良い者も居るという話だが、
それでも僧兵や騎士の体力とは雲泥の差である。
荷箱を三つ運び終えた時にはウィルアはもう膝や腰が音を上げていた。
その様子を見た男たちには随分と白い目で見られたが、イフェルがそれを察したのか人一倍働いてくれたようだった。
 物体移動の魔法が使えたらどれほど楽だろうかと幾度も思う。
あいにくと、ウィルアはその魔法を習得していない。
基礎のようにも思われがちな物体移動魔法は高等魔法に区分される。
非常に便利である反面、魔力の制御にコツが要ると聞いていた。
一筋の風をただ呼び起こすのとは訳が違い、何処から何処へどの経路を通ってどの程度の力を加えねばならないのか、
緻密なコントロールを行えるまでのスキルが必要なのである。
今日では魔法学院の教師の一部か研究者クラスでないと行使できないという噂を聞いていた。
「……ウィーちゃん、大丈夫?」
 ふと顔を上げると、そこには心配そうな表情を浮かべたイフェルが立っていた。
「ウィーちゃんにもあたしと同じ仕事やらせようなんてヒドイよね、ホント」
「ありがと、私の分まで」
 ウィルアが不器用ながら笑顔を作る。
イフェルもそれにつられて表情を緩める。
「ウィーちゃんは謝んなくてもいーの。
 得手不得手を考えないで役割を押しつけたあの人たちが悪いんだからさ。
 リーダーも人遣い荒いけど、そーゆーとこはちゃんと考えてくれてるし。
 あの人たちはリーダーよりも人遣い荒いね、うん」
「……確かに、この次に予定されてる雑務にイフェルは向いてないわね」
「あーもう、またそういうこと言うー」
 今度は自然に笑いがこぼれた。
イフェルは代わりに頬を膨らませた。
「大丈夫、この借りは次の雑務で返すわよ。
 雑務でヘマしないように私が付けられたのだからね」
「うん、頼りにしてる。あたし、掃除とかダメダメだからねー」
「シュウに言われるくらいだもの、相当ダメなんでしょうね……」
 笑いあっていると自らが悩んでいた事を忘れる時がある。
これではいけない。このままではいけない。
 そう、強いて言うのならば緊張感が足りない。
ウィルアはふとそう気が付いた。
生死に敏感でもなく、さして責任感が強いようにも見えない。
これが、仕事を請負うギルドのカタチであるというならば、堪えられない。
 王国からアジトを提供され、市民を守って日々戦う。
自らを潤すためでもいい。
そのために魔物達を駆逐する。
それはなんでも屋と呼ばれる稼業とは違うはずだ。
 ゲインは言った、実際は人材派遣みたいなものだ、と。
それがこのギルドの方針、目的であるのならば。
 ――私はここにいるべきではない。
「……どうしたの、ウィーちゃん。なんか難しい顔して……」
 彼女らのことは好きだ。
それはウィルアも否定しない。
だがこのギルドの体制はどうにも、気に入る事が出来なかった。
ギルドでない、戦友としての付き合いならば、この関係にも納得はいったのだろう。
「……ううん、なんでもない」
「ホントに?」
「ホントに。さあ、そろそろ屋敷の中に行かないと。
 ようやく豪商スペサルティンとご対面ね」
 この想いを口にする事は出来ない。
 これは、裏切りだ。

 屋敷の中は外見に違わず広く、貴族の邸宅を思わせるほど豪勢だった。
更にモロク独特の造りとデザインが見事に織り交ぜられている。
土と粘土を主材料とし木材や金属もふんだんに使われている建築、
壁にかけられた朱色や草色の絹織物、
モロク周辺の土地から採れる粘土で作られた焼き物、
部屋の隅にはオアシスの周りに生える青々とした観葉植物。
足元に敷かれている真紅の絨毯一つとっても百数十万ゼニーはする高級品だろう。
どこからどこを見ても、高級感漂う雰囲気を読み取る事が出来るのだ。
 随分と嫌味な造りだとウィルアは思う。
これは訪問者に対する威嚇だ。
自らをより大きく見せ、商売交渉を有利に運ぶための脅しなのだ、と。
 横を並んで歩くイフェルは目を輝かせて、まるで異国を見るかのように見入っていた。
夜になっても寒さが忍び込んでこない造りのお陰か、随分とはしゃいでいる。
思わず壷でも落として割られては困るのでウィルアが軽く注意する。
 二人は相変わらず柄の悪そうな男たちについて歩いていくと、正面の扉を示して「入れ」と言った。
配置から考えるにどうやら応接間のようだろうと察した。
この扉もやはり彫刻などがなされており、凝ったデザインとなっていた。
 ウィルアが失礼します、と言って扉を開けると中には一人の男がどっかと座っていた。
頭にはターバンを巻き、モロクの貴族が着る比較的動き易い格好をしている。
体格が良い割には真面目そうな顔をしてるなとウィルアは思った。
 その男は口にくわえた葉巻を灰皿にこすりつけると立ち上がって歓迎をした。
「ようこそ我が館へ。遠路はるばるご苦労だったな」
 男はにこやかに笑って出迎える。
「君たち二人だけでよく荷を守ってくれた。
 本当に助かったよ。
 この時期、砂漠越えを引き受けてくれるような者がいなくて困っていたんだ。
 とりあえず、そこに座りたまえ」
 そういって示された豪華なソファーに二人は腰掛けた。
見た目は悪いが座るととても柔らかく二人の体重を支えた。
イフェルは驚き、感動していたがウィルアがそれを制する。
「申し遅れた。私がこの屋敷の主、そして依頼人のザーゲン・スペサルティンだ」
 男は名乗ると先程まで座っていた席に再び座った。
 柄の悪い男たちの主とあってもっと悪そうな者を想像していた自分に苦笑し、ウィルアは自らも名乗る。
「私はギルド『黄昏に染まる翼』に所属するウィルア・カーネリアンです。
 こちらは同じくイフェル・イクセリス」
「ウィルア君にイフェル君、か。本当に良く来てくれた。心から歓迎する」
 ザーゲンは右手をウィルアたちの方へと伸ばす。
大きな手は握手を求めているのだと察すると、ウィルアは手を握り返す。
イフェルも同じようにそれに続いた。
「この屋敷はどうだね、凝ったデザインだろう?」
 握手が終わるとザーゲンは唐突に訊いてきた。
ウィルアとイフェルはお互い顔を見合わせ、イフェルが答えた。
「見た事も無いものがいっぱいあってすっごく驚いた。
 芸術とかってよくわかんないけど、こういうものなのかなーって」
 家の主はにっこりと微笑むと一つ頷いた。
「私もインテリアや工芸品といったものに興味があってね、色々と集めて回った。
 商売をして稼いだ金を全てここに注ぎ込んでいた時期もあったほどだ。
 量が多くなり、保管する場所に困ってきた時だ、飾ればいいんだと思ったのは。
 それから色々と研究に研究を重ねてこんなにも凄いデザインになったんだ。
 だが最近は少々集め過ぎたかなと思っている。
 正直、目がチカチカして居心地が悪い」
 彼が苦笑すると二人も自然と口元が緩む。
 ふと、ザーゲンは何かを思い付いたらしく手をぽんと叩いた。
「そうだ、もし良ければ帰りに少し分けてあげよう」
「ホントにっ!?」
 その言葉を聞いてイフェルは思わず身を乗り出していた。
イフェルはシュウと同じく、こういった土産物のようなものに目が無い。
それは判っているが、こうあっさりと誘いに食い付くのを見るとウィルアは呆れて物も言えない。
「ちょっと、イフェル……」
「いいのだよウィルア君。
 若い者がこういった物に興味を持ってくれるのは、私としても非常に嬉しい。
 では依頼期間が終了した暁には選ばせてあげよう」
 ウィルアには、明らかに裏があるとしか思えなかった。
こんなことをしたところで彼に得が無いことは明白である。
 そして、この男の態度。
今更だが彼は召使いが皆行方不明になるという事件に巻き込まれている。
ウィルアたちに雑務の手伝いを頼んだのもその所為のはずである。
だがしかし、この目の前の男は平然としている。
何事も無かったかのように悠々と生活を送っていた。
 裏があるからなのか、それともこれは金持ちのゆとりなのか。
ウィルアにはそこまで計り切れなかった。
ただ確実なのは、警戒を怠るなということだった。
「さて、それでは本題に入ろうか」
 ザーゲンはやや冷静な口調になり、椅子に座りなおした。
はしゃいでいたイフェルも気を引き締め、ウィルアはザーゲンの目を見据えた。
「次の召使いたちを雇い入れるまでの間、行方不明になった召使いたちの代わりに雑務を行う、と聞いていますが」
 ウィルアの言葉にザーゲンは頷く。
「大体はその通りだ。だが少し付け加える事がある。
 雑務と一言で言っても多くのことがあるが、全てをやってもらおうというわけではない。
 君たちを連れてきた男たちは私の部下だ。
 彼らも力仕事は出来る。
 そしてシェフも行方不明にはならずに健在だ。
 行方不明になったのは皆女性の召使いなのだよ」
 道中不思議だった謎がようやく解けた。
この男たちはなんなのだろうかと。
屈強だが戦闘訓練はさほどなされていないようで、魔物たちとの戦いは出来ないようだった。
ザーゲンは部下だと言った。おそらく力仕事専門に任されているのだろう。
彼らがいるのならば召使いなどいらないのではとウィルアは思っていたが、
役割が別々に割り振られているのならば不思議はない。
「つまり、平たく言えば掃除洗濯の類を頼みたい。お願い出来るか」
 ウィルアはやはりシュウを連れてこなくて正解だったと思いはしたが、
正直なところこの場に女二人なのは心許ない。
シュウはのんびりとした性格だが頭は冴えているとウィルアも認めていた。
 悩んでも仕方が無いことだった。
ツァイトに任された以上、ここは二人でこなすべきだろう。
彼女はツァイトの選択を殊に信頼していた。
 ウィルアはイフェルに向かって一つ頷く。
そしてイフェルが口を開いた。
「もちろん、そのために来たんだから」
 ザーゲンは頭を軽く下げた。



- Prev - / - Next -

Copyright(C)2001-2005 by minister All Rights Reserved.