Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


驟雨のレクイエム #3

 あの打ち上げから二日が過ぎた。
今も変わらぬ様子のリーダーに、イフェルは気が気ではなかった。
他のギルドメンバーの小さな会話も聞き逃さない彼女だが、
今はそんなものは何一つ頭に流れてこなかった。
 リーダーのことを考えると頭が一杯になってしまう。
食事の準備をする時もぼーっとしてしまっているので、
ウィルアに「危なっかしいからやめて」と役目を下ろされてしまった。
常になんとかしなきゃと考えてはいるが、答えは一向に出ない。
アルティの言った通り何も出来ないのがとても悔しかった。
見張れと言われたものの、当の本人ほとんど部屋に篭りっきりだったので見張る必要もなかった。
 今日は昼頃から雨が降り出していた。
空は灰色のどんよりとした雲に覆い尽くされている。
まるで誰かさんの心を表したみたいだねとウィルアが言っていた。
―――何やってるんだろ、あたし。
 イフェル本人はというとここ二日間、
自室の窓辺からじっと街並みを眺めて過ごしていた。
食事の時以外は階下の集会室には下りていかない。
結局はリーダーと同じ事をしていると分かっていながらも、今もそうしていた。
 しとしとと降る雨は中央広場の賑わいも掻き消す。
雨が降れば人通りが疎遠になるのは当然なのだが、
それ以上にこの、雨という神の落し物は音を無へと帰すような気がする。
雨音がするのに音が無いという表現も変ではあるけれど。

「―――イフェル…?」
 ぼうっと街を眺めながら感傷に浸っていたイフェルが横から声をかけられたのはその時だった。
「リーダー…」
 隣の部屋がリーダーの部屋だという事をすっかり忘れていた。
リーダーも自分と同じように窓から街並みを眺めていたのだった。
隣の窓といってもかなりの距離があり顔が全て見えるわけではないけれど、
声を聞いただけでなんだか少し安心した気がする。
二日ぶりに呼ばれた自分の名前。
「どうしたんだ。お前らしくもない」
 表情が見えないけれど、声の調子はほとんど変わっていない気がする。
また少し安心した。
 加えて、原因が自分にあるのにこの言い草。
気付いているのかいないのか…。
「リーダーも十分リーダーらしくないと思うけど」
「…そうだな」
 雨の音が聞こえる。少しの沈黙。
―――やっぱり、リーダーも何か悩んでるのかな…。
「リーダー、あのさ…」
「…なんだ?」
「何か悩み事とかあったら、あたしたちに相談してよ。
 リーダーが悩んでたりすると、やっぱり、心配だしさ…」
「……」
 再び沈黙があった。
 余計なお世話かもしれない。
リーダーは頭が良くて何でも出来る。
そんな彼が悩んでいる、苦しんでいる。
少なくとも自分の目にはそう映る。
そんな様子を見ているのは辛かった。
 力になりたかった。
自分に何が出来るかなんて分からないけれど、それでも―――。
 雨は一向に止む様子を見せていない。
むしろ、しとしとと降っている雨粒は徐々に大きくなっているように感じる。
雲は一面に立ち込めていて、海の水面も少し荒れている。
嵐でも来るのかなと、海の向こうを眺めた。
「イフェル」
「ん、なに?」
「…すまん」
 ギリギリで聞き取れるほどの小さな声だったが確かにそう聞こえた。
リーダーに謝られたのは初めてだったので少し驚いた。
しかもこんな状況で謝ったりするなど思ってもいなかった。
 表情が見えないのがとても残念だった。
いじわるなどではなく、見なければならないと、そう思えたからだ。
「…ちょっ、そんな…」
 突然の事にどう言えば良いのか分からなかった。
「…少し、眠らせてさせてもらう」
 次の言葉を考えているうちにリーダーは部屋の奥へと戻ってしまった。
窓から少しだけ見えていたその横顔はもうそこになかった。
 少し強くなった潮風に乗り、雨が軽く窓を叩き始めた。
部屋に雨が入ると拭くのが面倒なので、惜しみながら窓を閉めた。
「リーダー…」
 雨粒で歪む街並みを見ながら、静かに呟いた。


***


 その雨は日が沈んだ後も勢いを衰えることなく降り続けた。
この雲の所為で、いつ日没したのかは分からなかったが。
時間が経つごとに窓を打つ音は強くなり、高くなった波は桟橋を洗った。
流石にこの天候では日が落ちると繁華街に活気はなくなる。
皆、雨を避けるために建物の中で縮こまっているのが普通だ。
この季節でも雨が降ればかなり気温が下がる。
布団に包まっていると抜け出したくなくなるような、それくらいに寒く感じるのだ。
 そしてそれは彼らとて例外ではない。
「あのさ、イフェル…」
 これ以上無いくらい呆れた顔をしたウィルアがぼやいた。
「この部屋にまで毛布を持ってくるのはよしたら?みっともない…」
「何よ、寒いんだから仕方が無いでしょー」
 返す言葉も見つからない。
いやそれとも、いちいち口論するほどのことでもないと悟ったのか。
どちらにせよウィルアは口をつぐんだ。
 集会室にはいつもの4人が集まっていた。
豪勢にもこのアジトには暖炉が備え付けられているが勿論火は入っていない。
イフェルは文句をつけたがウィルアに「節約しなさい」と一蹴された。
 ツァイトはまだ部屋に篭りっきりだった。
イフェルは夕刻に、毛布に包まって寒い寒いと言いながら部屋から出てきた。
なんとも情けない格好だったが篭りきりよりはマシだった。
 この二日間、何か察せられたのか依頼の類は何一つ無かった。
この状況で依頼をこなせるとは到底思えなかったので嬉しくはあったが。
「そろそろ食事が出来るんですが…、今日は降りてきませんね、ツァイトさん」
 鍋をかき回しながらシュウはテーブルの方を見やる。
二日間篭りっきりではいたが食事時になるとちゃっかり降りてきて、
無言のうちに食べ終わり「ご馳走さま」と言うとすぐに部屋に篭ってしまうのだった。
今日はその様子が無い。
「あ、そういえばさっき寝るとか言ってたよ」
 イフェルが何気なく言うと皆の視線が一斉に集まった。
「な、何…」
「イフェル、ツァイトと話したのか?」
 真っ先に訊いたのはゲインだった。
彼もまた、ツァイトのことは人一倍心配していたのだ。
このメンバーとひきあわせたのは、そもそもゲインだったのだから。
「え、…う、うん」
「様子はどうだった?具合悪そうだったとか」
「そんな感じには見えなかったよ。いつも通りのリーダーだったと、思う」
「そっか…」
 そうは言っても安心できるわけではなかった。
様子が聞けても自分たちと交流を拒んでいるということに変わりは無い。
彼は今も布団の中で小さくなって眠っているのだろうか。
 そんなことを考えているうちにシュウが食事の配膳をしていく。
芋や人参の入ったホワイトシチューだった。
「お腹が空けばツァイトさんも降りてきますよ」
「…そうだな、きっと」
「降りてこなかった時はイフェルさん、食事を持っていってあげて下さい」
「うん、わかった」
 ツァイトのことを皆、心の何処かで心配をしてる。
だがしかし解決策が見つからないまま二日が過ぎた。
もうすぐ三日目も終わろうとしている。
このまま何も進展しないままならば、このギルドはどうなってしまうのだろうか。
解散も、あり得るのだろうか。
真っ暗な窓の外をぼんやりと眺めながら、ウィルアはそんなことを考えていた。


***


 道具屋で雨宿りをしながら露店を開いていた。
店の前で露店を開くことが許されているなんて、なんだか変な王国だなと思う。
肩にかけていたマフラーを軽く上げた。
息を吐くと若干白く見える。それほどに気温が下がっていた。
 久しぶりにアジトに帰ろうかなどと考えながら客の少ない通りを見つめた。
アルティは商売柄、イズルードまで戻る時間が勿体無く感じてしまう。
そのため少し高いのを我慢して首都の宿を借りて、次の日に備える。
前回アジトヘ戻ったのは数週間前だったろうか。
そろそろ収入をギルドの金庫へと入れておかないと無くなってしまうかもしれない。
明日も雨が止まなかったら戻ろう、と軽い気持ちで決心する。
他人に対しては厳しい彼女も、自分の事には結構適当だったりする。
 日没から随分と時間が経った。
そろそろ深夜だろうか。目の前の道にもうほとんど人通りはない。
今日は早めに店を閉めようと思い、小さな屋台に乗った商品をカートへと仕舞おうとしたその時。
通りの一人の人物が目に付いた。
あれは間違いなく―――
「ちょっと、リーダー!」
 アルティは大声で彼の名を呼んだ。
そう、道を歩いていたのは紛れも無く自分のギルドのリーダーだった。
「…アルティ」
「何やってるのよこんなところで。笠もささずに、正気?」
 何をしにここまで来たのかよりも、
雨にびしょ濡れになりながら通りを歩いていたことのほうが気になった。
カートから一枚のタオルを取り出し、手渡した。
「自分の身体は大切にしてよ。アナタはリーダーなんだから」
「ああ、有難う」
 リーダーは受け取ると髪を大雑把に拭き始めた。
久しぶりに会ったけれど相変わらず無表情で無愛想なところは変わっていない。
少し懐かしくなり表情が緩んだ。
「…それで、何をしていたの?」
「野暮用だ。―――ところでジェムストーンはないか?忘れて来た」
「らしくないわね…。ちょっと待ってて。青でいいのよね」
「助かる」
 再びカートの中を探る。程なくして5個の青い小さな石を見つけ出した。
それを屋台の上へ転がすとリーダーは丁寧に懐へ仕舞い込んだ。
「―――ねえリーダー」
「なんだ?」
 それが終わると、代わりに首にかけていたタオルを屋台へと置いた。
アルティはそれを受け取り、見下ろすリーダーの顔を見据えた。
こんなにハンサムな顔をしているのに無愛想なのは勿体無い。
「あの子たちに心配ばっかかけてちゃダメよ」
「何の事だ」
「とぼけたって無駄よ。あの子たち、かなり心配してたわよ」
 おととい会ったイフェルの様子はただ事ではなかった。
あれを見ればアルティも容易に状況が理解出来た。
「…そうか」
「そうか、って本当に分かってるの?」
 リーダーは本当に分かりにくい性格してるな、と思う。
いや、逆に分かり易いのかもしれない。
この人はそのくらいのことは把握している。
その上で何かを、一人で抱え込んでいるに違いなかった。
周囲への配慮というよりはもう少し自虐的なものを感じた。
それが時に痛々しい。
「これは俺の問題だ。俺一人で片付けてくる」
「もうちょっとこっそりやりなさいよね。リーダーが言うと危なっかしいわ」
「努力する」
 苦笑しながらそう言って、彼は屋台を離れた。

 さてどうしようか。
リーダーは明らかに戦闘が出来る格好をしていた。
服は聖職者が戦闘時に身に付ける法衣だったし、
腰のベルトには武器にも使うことの出来る分厚い聖書が吊られていた。
そして冒険者専用の、魔法を緩和する外套。
何処かへ決闘をしにいくことは火を見るより明らかだった。
―――追った方がいいわね。
 そう決心し、露店の品をカートへ無造作に放り込み、屋台を畳むと後を追おうとした。
だがその時背後からカートを掴まれ、思わず転びそうになった。
「―――待ちな」
「アナタは…」
 まさに漆黒の影だった。
宵闇に紛れて、軽装の戦闘衣を身に纏った細身の男がそこにいた。
「なんで止めるのよキーツ」
 顔を何とか判別したアルティは彼を思い出した。
一度だけギルドで会ったことがある、暗殺者(アサシン)キーツ。
「テメェはアジトの連中んとこへ行け。オレがアイツを追う」
「いきなり出てきて随分と勝手ね」
 キーツはぎろりとアルティを睨む。
その眼光を向けられると大抵の者は怯えてしまうはずが、アルティは気にも止めていなかった。
「わかってるわよ。あたしが追うよりはアナタの方が速いし、頼りになるもの」
 一瞬驚いたような顔を見せたが、口元は長い布で覆われているためそれは定かではない。
口元に笑みを浮かべて振り返るアルティの目は真剣だった。
「頼んだわよ」
 返事をすることなく、漆黒の影はリーダーの向かった東門の方へと消えた。
 雨は再び音を伴い降り頻る。
アルティはカートの蓋を閉め笠を被ると、その小さな身体を南門へと走らせた。



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