Zephyr Cradle

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Ragnarok Online Variations


驟雨のレクイエム #2

 昨晩の打ち上げの後に一人帰ってきたツァイトは明らかに様子が変だった。
普段から無愛想で、常に我関せずといった雰囲気を醸し出しているが、
あの時の様子はそれとは違った。
顔色が、青い。表情は固く緊張していた。
そういうことには人一倍鋭いイフェルが真っ先に声をかけたが、
先に寝ると言って早々に部屋へ篭ってしまった。
何かあったのだろうというのは分かったのだが原因がさっぱり分からない。
焚き木を消した後にどこかへ寄ったような様子も無かった。
結局いくら考えても無駄だったので問題は保留された。
 そして一夜が明けて、今に至る。


***


 普段からツァイトは目覚めが早い。
日が昇る頃には一階でコーヒーを優雅に飲んでいたりする。
その早起きはギルドのリーダー故なのか昔からなのか、知る由もないが。
昨晩の様子から流石に今朝は寝起きが悪いかと思っていたがそうでもなかった。
いつも通りに目覚め、いつも通り朝食を平らげるとさっさと部屋へ戻ってしまった。
「ぜったい変だよ、あれは」
 こういうことを真っ先に呟くのは大抵イフェルだ。
「何かを隠してるようにも見えますが…真意の程は定かではありません」
 棚から生肉を取り出しながら、シュウもイフェルの言葉に応じる。
それを窓枠に止まっている大きな鷹に与えた。
シュンと名付けられたその鷹はシュウの下僕である。
翼を広げればゆうに2mはあるだろうか。毛並みや大きさも立派だ。
朝食だけは常に主が自ら与えている。
シュウが背中を撫でてもシュンはされるがままにしている。
 そんなごく日常的な様子を眺めながらゲインも頷く。
「やっぱりシュウもそう思ったか…。僕が単刀直入に訊いてこようか?」
 いや、普段なら食後でもツァイトはこの部屋にいる。
日常的とは決して言い切れない。
この部屋に満ちた空気がこんなに張り詰めることもあまりない。
 目を細めてウィルアはゲインを睨んだ。
「何も隠してないって言われて終わりだと思うわよ、ゲイン。
 ツァイトは昔から口が固いんだから」
「そうだよなぁ…」
 ゲインは髪をくしゃくしゃとかき回す。
 そうは言ったものの今はそれ以外に、
ツァイトの変貌をつきとめる方法がないこともウィルアは分かっていた。
自分はあまり人付き合いが良い方ではないと思っていたが、
ツァイトはそれ以上に付き合いが悪かった。
その言い方は正確じゃないな、と思い直す。
付き合いが悪いという以前にどことなく他者を拒む雰囲気があった。
知り合った当時など、必要なこと以外はほとんど口に出さなかった。
 彼を変えたのはたぶんイフェルとゲインだ、と思う。
自分も彼女らのお陰で少しは変われたなと思うが、
ツァイトはそれ以上に影響を受けていたように見える。
彼が多かれ少なかれ笑顔を見せるようになったのはあの二人の持つ雰囲気のお陰だろう。
二人の存在はこのギルドにとって重要なウェイトを占めていることは明白だ。
 だが今のツァイトはどうだ。再びあの頃の彼に戻っている。
ここまで変わってこれた彼を、見えない何かが引き戻してしまったのだ。
変われたことが彼にとってプラスだったかどうかは分からない。
だが笑いたいときに笑える彼こそ本当のツァイトな気がするのだ。
 どこかでツァイトに憧れていた。
冷静沈着で相応の知識と知恵を持ち合わせた彼を。
何もかもを全て一人で解決しようとし、また解決してきた彼を。
だがそれは自分たちが信頼されていない証拠でもある。
それがなんだか、無性に苛立たしかった。
こんな状況でも彼の力になることは出来ないのだから。
彼を信頼しているのが馬鹿らしく思えてくる。
 ふと、そんなことを考えていた自分にウィルアは嘲笑した。
 不意にゲインが立ち上がった。
自然と皆の視線がそちらへと向くが、ゲインはそれを気にも止めず剣を握って戸口を開けた。
刃毀(はこぼ)れと錆落とししてくる。夕方までには帰るよ」
「…あ、ゲイン!」
 椅子から突然立ち上がったイフェルはゲインの背中に向かって叫んだ。
いきなりの呼び声に驚いてゲインは振り返る。
「その…あたしもついて行っていい?」
 ゲインはにこりと笑って戸口に通れるスペースを空けた。
「行こう。一人よりは二人のほうがいいから」
「ありがと」
 先にイフェルを通すとゲインもアジトを出ていった。
「お気を付けて」
 そう言うと、シュウは窓辺から鷹を空高く放った。


***


「―――だから、これ以上は出せないって言ってるでしょ」
「もうちょっと高くなんねぇかなぁ。結構苦労したんだぜ、コレ手に入れるの」
 今日も空は高く広く澄み渡っている。
この季節、王国東側の地域は気温も湿度も適度で非常に過ごしやすい。
海が近いため風もよく通り気持ちが良い。
 しかしそれもこの繁華街ではあまり関係が無い。
ここ、首都プロンテラの中央大通りは無数の露店が所狭しとひしめき合っている。
自分や仲間が手に入れた戦利品をより高く売りさばこうというのである。
これだけ露店が多いと品数が豊富過ぎて目移りするものなのだが、品定めには少々コツが要る。
同じ品でも露店によって値段が微妙に異なる。
物によっては1日に数十の露店で出品されていることもあり買う側も気が抜けない。
「どれだけ苦労したかなんてあたしには関係無いし興味ないの。
 アナタに売る気があるのかないのか、それだけよ」
 大通りの十字路よりやや南側で言い争う露店があった。
声の主は店の主とその客のようだ。
「冷たい奴だなお前…」
「商売人ていうのはこうでなきゃやっていけないものなのよ」
 店主はまだまだ幼さの残る少女だった。
その胸に輝く小さなバッヂは、ギルド『黄昏に染まる翼』のエンブレムを象っている。
 客は諦めたように小さく溜め息をついた。
「わかったよ、その値段で譲るぜ。90万ゼニーだったか?」
「85万よ」
「…値下がってないか?」
「気のせいよ。さ、品物を渡してちょうだい」
 店主よりも年上であるはずのその客はしぶしぶと荷袋に手を入れた。
その客は誰でも見て分かるくらい屈強で、おそらく歴戦の戦士だ。
腰に下げた大ぶりの剣もそれを物語っている。
だがそれよりも小柄で若い少女の方が交渉で有利というのは見ていて滑稽そのものである。
 戦士は荷袋から小さなリボンの付いた可愛らしいヘアバンドを取り出して少女に渡した。
軽く品定めした後、少女はそれをカートへと丁寧にしまいこんだ。
「確かに受け取ったわ。じゃ、これが85万ゼニーよ」
 そう言って硬貨を客に手渡した。
彼もその硬貨の数を確認して荷袋の中へと放り込む。
「サンキュ。また来る」
「またどうぞ」
 戦士は軽く手を上げてその店を立ち去った。
 彼女が営むこの露店には商品は何一つ置いていない。
彼女は"売りさばいて"いるのではなく"買い取って"いるのだ。
冒険者たちは常に移動しているということに加え、露店を営むスキルを持ち合わせていない。
だからといって貴重な戦利品を安く売ってしまうことはしたくない。
そんな冒険者を対象とした買い取り業。それが彼女の"買取屋"である。
買い取った品を自らが露店で売り、その差額が儲けとなる。
それなりの交渉力がなければこの商売は儲からない上に、失敗すれば即破産する。
そのため買い取りを生業としている者はそう多くない。
彼女はその中でも成功を見せている数少ない買取屋なのである。

「や、アル」
 カートに入っている品物を整理しているところに声がかけられた。
「あらゲインじゃない。それに、イフェルも一緒ね」
 振り向くとそこにはギルドメンバーの二人が笑顔で立っていた。
王国騎士の称号を持つゲインと、教会で僧兵として修練したイフェルである。
ゲインは手に大ぶりの剣を携えているが二人とも防具をつけていない。
「どう?今日の調子は」
「まあそこそこって感じかしら。赤字にはなっていないわ」
 そう言うとアルティはイフェルに出納帳を見せた。
横から覗きこむゲインは軽く驚いたような声を上げた。
「これだけ稼げれば十分だと思うけど…」
「まだまだよ。調子がいい時はもっと稼げるもの」
 イフェルは出納帳を一通り眺めた後持ち主へ手渡した。
「やっぱアルちゃんは凄いなぁ」
「ふふ、ありがとう」
 二人は笑うがその笑い声は雑踏の中へとすぐに掻き消えてしまう。
それだけこの大通りは賑わう。
売買を目的としなくとも大聖堂や王城へ向かう際には必ず通らねばならないからだ。
「そうだ、アルちゃん」
「ん?」
「リーダーが、昨日からなんか変なの…」
「リーダーが?」
 そこで言葉が途切れてしまったイフェルの代わりにゲインが状況を説明する。
昨夜の打ち上げの後からそっけないこと、
今朝の寝起きから部屋に篭ってしまうまでのこと。
アルティは『準備中』の看板を下ろすとゲインの話を真剣に聞き入った。
ゲインが説明し終えると三人は黙り込んだ。
そして最初に口を開いたのは、やはりというか、イフェルだった。
「あたしたちに出来ること、なにかないかな…」
「ないわよ」
 イフェルの言葉をアルティはあっさりと言い退けた。
「でも…!」
「そもそもリーダーは何も話してくれないんでしょ。
 だったらあたしたちには何も分からないし何も出来ない。
 その変化だってもしかしたら思い過ごしかもしれないし」
「そんなことないっ!あれは絶対に変だったよ!」
 イフェルが怒鳴ったにも関わらず、アルティは少しも動揺していなかった。
「そうだったとしても、あたしたちに出来ることは何もないのよイフェル。
 リーダーが自分から話してくれない限りはね。
 だから放っておくしかないの」
「だけど…っ!」
 ゲインはアルティの言葉を聞く前からそれを理解していた。
なんとかしようとは思うものの、ツァイトは口を紡いだままなのだ。
だがウィルアの言う通り、訊けばはぐらかされることも明白だった。
そしてアルティの口からもそれを聞くと、もう本当にどうしようもない気がしてしまう。
 ウィルアはツァイトと似てやや無愛想で一人で考え込んでしまう傾向があるけれど、
仲間のことを気遣ってくれることも多いので頼りになった。
対してアルティは見た目とは裏腹にかなり冷静に物事を観察している。
彼女の場合はどちらかというと腹黒という言葉の方が似合うのだが。
その二人から似たような言葉を聞かされれば説得力があるのも仕方が無い。
 それでもイフェルは必死に抵抗を見せているが言葉が見つからないようだ。
「でも」
 そこで口を開いたのはイフェルではなくアルティだった。
二人は顔を上げてアルティを見つめた。
彼女はにっこりと笑って、それからしっかりとした口調で言った。
「リーダーのことはしっかりと見張ってないとダメよ」


***


 東の地域でしかほとんどのお目にかかることの出来ない服を着こなした青年は、
イズルードの中央から少し外れた裏路地を歩いていた。
長く伸ばした髪もその袴と呼ばれる服には似合っていた。
 時間は既に夕刻を過ぎ、日は山間へと沈んだ。
夜でも明るい街中とは違い、裏路地は暗く、月明かりだけが頼りだった。
「…キーツ」
 じめじめとしたその路地に人がいないことを確認すると青年はその名を呼んだ。
どこから現れたのか、青年の目の前には漆黒の服に身を包んだ者が居た。
袴とは対称的に非常に動きやすい構造の服。
口元には布を巻きつけていて、表情と唇が読めない。
「…珍しいな。何の用だ」
 二人とも微動だにせず、お互い視線を見合わせることも無い。
袴の青年は壁にもたれかかって会話を続ける。
「ツァイトさんの様子を見張って下さい」
「…なんだと?どういう意味だそれは」
「そのままの意味です」
 漆黒の者は目を細めて青年を睨みつけた。
「…頼みましたよ」
 その視線を気にしたふうも無く念を押すと、
青年は上体を起こし、裏路地から出ていった。
 残された漆黒の者も影に溶け込むように消える。
「ち…性格の悪い野郎だ」
 東の空を雲が覆い始めたのはその夜半過ぎだった。



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