Zephyr Cradle

Site Menu

Ragnarok Online Variations


驟雨のレクイエム #4

 首都プロンテラの東門を抜けた先に王国が作った共同墓地がある。
王国に貢献し、命を落とした騎士や聖職者たちが埋葬されている。
一つ一つ丁寧に墓石が立てられ、専門の職人により名が刻まれている。
墓石の数は数百とも言われる。
広く開けた森の中に敷かれる白い石と花の庭園だった。
 だがそこも、昼と夜では顔が全く異なる。
この時期に来れば美しい紅葉と落葉が辺り一面埋めつくし美しい風景を創り出すが、
それは日が昇っている時間帯だけの話だ。
夜に来れば漆黒の闇に閉ざされる。
死体がゾンビになり墓から出てくるという噂は嘘でしかなかったが、
そう思わせられるほど気味が悪く、一人で来たいとはまず思わない。
 ―――雨が降り頻る中、その場所にツァイトは居た。
 彼の足元には一つの墓石があった。
『リュケ・シュナイダー』
美しい彫刻が施されたその白い石にはそう書かれていた。
ツァイトはその石の前で頭を垂れた。

「―――遅かったな、ツァイト」
 何歩か先の地点からかつて聞いた仲間の声が響いた。
顔を上げるとそこには当時そのままの格好で立つ友の姿があった。
2年前遠く西の古城で、昏き闇の騎士に斬られた友。
「リュケ…」
「見違えたぞ。まさかもう聖職者になっているとはな」
 彼は傷を負うことなく、身体を一刀のもとに二分させられた。
ツァイトと共に後方に控えていた修道士(アコライト)だったが、背後から襲われた時は成す術も無かった。
だが今、彼の身体はどこも異常が見当たらない。
至って普通の修道士のように見える。
身体が半透明に透けていることを除けば。
「リュケ、お前は死んだのではなかったのか」
「死んだよ。お前以外は全員な。
 お前が瞬間移動(テレポート)で逃げたあの後、すぐにジェミーも斬られた。
 グレインも、ミレアも、ガレスも、何も出来ずにな。
 お前も逃げなければあそこでヤツの剣の錆になっていただろうさ。
 ああ、もしかしたら槍のほうだったかもな」
 くっくっくと笑うその姿は歪んで見えた。
ツァイトはその日の光景をまじまじと思い出していた。
闇の馬にまたがり巨大な剣と槍を操る暗闇の騎士。
一振りで木々が震撼する脅威の力。
あの時ほど恐怖を覚えた瞬間は無い。
「なぁツァイト…。
 おれが今日ここにお前を呼び出したのは何の為だと思う?」
 雨は一層強くなっていた。
彼の声を聞き取るのも徐々に厳しくなっていた。
澄んだ焦げ茶色の髪も今はたっぷりと水気を含んでいるに違いない。
 ツァイトは彼の声を黙って聞いていた。
「魔物に食われるってどんな気持ちか、お前わかるか?
 魔物は魂を食らう。その魂は自然へ還ることなくそいつの腹に捕われる。
 これがどれだけ恐怖を叩き込むか、考えたことあるか?」
 リュケの顔からはもはや笑顔は消えていた。
静かにツァイトを見据え、淡々と語るように話しかけた。
耳が痛いのは寒さの所為か、雨の所為か、彼の言葉の威力か。
「リュケ…」
 やっとの思いで口から出た言葉はそれだけだった。
それ以上、リュケにかける言葉が思いつかなかった。
 次第にリュケの語る言葉は勢いを増し、口調は荒れ出した。
「…何故だ?何でお前はのうのうと生きている?
 お前はおれたちを見捨てて戦線逃亡した。腰抜けだよ。
 そのお前が生き残って、再び新たな仲間とつるんで仲良く暮らしているのに、
 最期まで戦い抜いたおれたちがどうしてここまで苦しまなければならないんだよ!!」
「……」
「お前はそれで満足だろうがな、ツァイト!
 おれたちは今も食われつづけているんだ。恐怖と絶望の日々だ。
 お前を好きだと言ってくれたミレアも、同じだ!」
「……」
「答えろ!お前はそれでよかったのか!?それで満足なのかッ!?」
 ツァイトは黙って聞いていた。
暗雲の立ち込めた空が光り、鳴いた気がするが本当かは覚えていない。
雨は彼の身体を叩き、心を叩きつけた。
 今までに何度も反芻して抱いて来た苦しみだった。
彼らを見捨て、そして自分は生き残った。
何もかも生きる理由を失った。
友を失い、自分を好いてくれる少女も見殺しにした。
そして彼らは今も尚、苦しみに怯えている。
―――そんな自分が生きていていいのか。
何度そう考えたことか。
「リュケ…、俺は…」
 お互いに押し黙った。
だが静かな空間などにはならなかった。風は木々を揺らした。
この雨はもしかすると、彼らの流す涙なのかもしれない。
そんなことを、ふと考えた。
そういえばあの日もこんな雨が降っていた。
「…どうすれば許される」
 そうして出た言葉は、酷く弱々しかった。

「…おれたちと同じ苦しみを受け入れるか」

 リュケは小さく囁いた。
もうほとんど聞き取れないくらいの小さな言葉だったがツァイトは聞き取った。
いや、どことなく心の中でそう思っていたのかもしれない。
それこそが、彼らに対する唯一の贖罪なのだと。
だからその言葉こそ、ツァイトが待っていたものなのかもしれない。
「……」
 無言。それは肯定を意味した。

 リュケは暫く黙っていたが、ようやく顔を上げてツァイトを見据えた。
彼の顔は暗闇で見えない。
だがもはや生気を伴ってはいないだろう。
彼は贖罪の為に生き、贖罪の為に全てを(なげうっ)った。
今更生かす必要も、無いだろう。
「そうか、ありがとう…」
 そう言って彼は、透けた指を弾いた。
音は鳴ったのかどうか分からなかった。


***


 アジトの戸口で、星が飛ぶかと思うくらい威勢良くぶつかったのはイフェルとアルティだった。
 アルティは南門へ走り、カプラ員を見つけるとすぐに転送サービスを利用して戻ってきたのだ。
王国各地への転送サービスと銀行、物品保管業をしているのがこの株式会社カプラサービスだ。
一般市民には株式会社がどういうものなのかさっぱり分からないが、
大金を払えば都市間の移動がスムーズという利点から冒険者は利用することが多い。
転送サービスとは都市ごとに設置された、
専用の魔法器具に乗ることにより長距離を移動できるサービスのことを言う。
首都プロンテラと衛星都市イズルード間はさほど遠くないため料金は対した額ではない。
カプラ員にゼニーを叩きつけるように渡すと急いでアジトへと戻ってきた。
「―――ッ!…て、アルちゃん!?」
「いたたたた…。ちょっとイフェル!こんなところでアナタ何やってるのよ!」
「何って、リーダーが急にいなくなっちゃったから探しに行こうと…」
 夜も更けてきたのでそろそろシチューを食べさせようと部屋に向かったところ、
そこにリーダーの姿は見当たらなかった。
窓は開け放たれ、武具の類は一切持ち出された後。
何処かへと抜け出したのはイフェルの目から見ても明白だった。
置き手紙も無く、その部屋の状態は彼女の不安を一気に煽った。
 集会室へと駆け戻り自分も上着を羽織って飛び出そうと思ったときに、
豪快にアルティと鉢合わせたという次第である。
集会室の中には3人がイフェルを止めようとしていたんだなという様子が伺える。
各人武器を手に取りいつでも飛び出せる状態にあった。
「リーダーが出て行った事に気付かなかったなんて…呆れた」
「な…、そんな言い方することないでしょ!」
「今はそんなことをアナタと言い争ってる場合じゃないの」
 怒鳴り散らすイフェルを諭すように抑えると、
アジトの中に居る3人にも聞こえるように切り出した。
「いい?落ち付いて聞いて。
 リーダーはプロンテラから東に向かったわ。恐らく王国共同墓地の方よ」
 イフェルは驚いてアルティの方を見つめた。
「なんでアルちゃんがそんなこと知ってるの…?」
「それは追い追い説明するから、とにかくカプラのところまで行きましょう。
 リーダー、放っておいたら何しだすか分からないんだから」
「言われなくても行くさ」
 鞘に収まったままの剣を手に持ってゲインが飛び出した。
突然のことなので鎧を着る時間が無かったのは仕方が無い。
「本当にどうしようもない性格してるわね、あいつは…」
 自分用の杖を持ち、外套を羽織りながらウィルアも笑顔で続く。
「同感です。しかしそれももう慣れてしまいましたけど」
 弓と矢筒を握り締め、笠をかぶりながらシュウは戸口を閉める。
5人は揃ってイズルード中央街のカプラまで駆けた。
雨は酷かったが彼らにはそんなこと関係無かった。
水溜りの上を走り、ただひたすらに駆けた。


***


 墓地には突如、数十体の魔物が現れた。
肉が落ち、骨だけとなってもまだ動きつづける魔物ソルジャースケルトン。
この墓に埋葬された者たちの骨かどうかは分からない。
 リュケは両腕を広げ、叫ぶ。
「ツァイト、お前もおれたちとともにこの苦しみを味わえ!
 そうしてお前の罪は全て許されるのだ!」
 カタカタと骨の揺れる音が聞こえた。
カツカツと雨が金属の武具に当たる音が聞こえた。
そして、自分の呼吸と鼓動を聞いた。
 死ぬ。
これで彼らに許される。
今まで苦悩に耐えぬきながら生きてきた人生もこれで終わる。
そう思うと、無性に清々しい気持ちがした。
 顔を上げるとそこにはもうスケルトンたちの顔が迫っていた。 一匹の魔物が剣状の武器を振り上げ、心臓を狙ってきた。
あれは痛いのだろうか。
苦しいだろうか。
そんなことを考えながら目を瞑った。

 ―――ドキャッ。

 目を瞑ったまま聞いたその音は自分の身体が音源ではないと悟る。
それを考えているうちに自分の胸に衝撃が走った。
 ツァイトは胸を蹴り飛ばされて後方へと弾け飛んだ。
泥まみれになって上体を起こそうとしているところで何者かに馬乗りにされた。
首筋に刃物の切先が当てられているのを感じた。
思わず目を開くと、そこに居たのは魔物ではなかった。
自分を襲おうとしていた魔物は少し先の場所で粉々に砕け散っていた。
「…キーツ…?」
 自分の首筋にカタールの切先を向けている漆黒の服の男は、
今にも斬りつけて来るんじゃないかと思わせるほど目が吊り上がっていた。
彼―――キーツは、ツァイトのギルドの一員である。
「貴様…死ぬ気か…ッ!」
「……」
 ツァイトは目を逸らし、押し黙っていた。
キーツはむなぐらを掴み上げ叫んだ。
「テメェは何て言ってオレを助けた!?」
「……」
 答えないツァイトを無視して、それでもキーツは叫び続ける。
「『お前が望むなら生きる場所を提供してやる』と、偉そうにそう言いやがったんだぞ!
 覚えてるか、ぁあッ!?」
「……」
「テメェのその言葉はウソだったってのかよ、ぇえ!?このクソ坊主がッ!!」
「…………」
 一向に返事も変化もないツァイトに痺れを切らしたのか、
キーツは再びツァイトの首筋にカタールを当てる。
雨粒がその刃の表面を伝い、ツァイトの首へと落ちる。
「あんな野郎に殺らせるくらいならオレがテメェを殺る。
 …こんなヘタレ野郎に助けられたかと思うとヘドが出るぜ」
「いきなり出てきてあんな野郎呼ばわりとは酷いな。
 ―――ツァイトはおれたちの為に死ぬんだ。邪魔しないでくれないか」
 リュケのその言葉と同時に、二体の魔物がキーツに襲いかかった。
キーツの背後から左右に一体ずつ、ナイフ状の得物を構えている。
 キーツは立ち上がると、右のスケルトンを力いっぱい蹴り飛ばした。
左のスケルトンは構わず斬り込んで来たがキーツは一瞬で懐に入り込み、
その両手の刃で脊髄から頭蓋骨まで粉々に切り裂いた。
 その一瞬の出来事にリュケは怯んだ。
刹那の間に二体の魔物が倒され、そして再び同じようにツァイトの首に刃を当てているのだ。
雨で装備が重くなっていて視界が悪いはずだった。
その状況でこんなことをしでかす者が只者であるはずがなかった。
「邪魔すんじゃネェよ、雑魚がッ!」
「なんだと…!」
「テメェもテメェだ、ツァイト!!
 テメェの命は、テメェだけのモンだろうがッ!!」
「……!」
「テメェは、あの連中も置いて逝く気だったのかッ!!」
 リュケを無視して、その漆黒の狩人は叫んだ。
そこで言葉を切り、ツァイトの目をじっと睨んだ。
リュケは押し黙り二人の問答を静かに見守っていた。
彼らの周囲で構える骨の戦士たちも指示を待って待機していた。
 ツァイトは目を伏せた。
だがそれはキーツの視線から逸らしたかったからではない。
冷静に思考している証拠だった。
布に覆われて見えなかったが、布の下でキーツは少し微笑んでいた。

 ―――自分をリーダーに据えたギルド。
メンバーは変な連中ばかりだった。
自分がこんなにも距離を取ろうとしているのに構わず踏み込んでくる連中。
自分が殻に閉じ篭ればそこから引っ張り出す連中。
誰も彼もおせっかい焼きで物好きな連中だった。
溶け合ってはいけない、あの時の罪を忘れるなと抑制していた。
どうあっても彼らを突き放そうとした。
それでも、それでも自分をリーダー、リーダーと慕う者がいる。
 何故自分をこんなにも縛ってきたのか。
確かに自分は罪を犯した。一生かけても拭い切れないだろう。
だが、だからといってそれに彼らを巻き込むことはなかったのではないか。
彼らは彼らだ。以前とは違う。
そして、自分も以前とは違う。
それを無理矢理こじつけて、自らを縛ってきたというのか。
 …彼らに対して非礼極まりない行為ではないか。

「…いつまで乗ってるつもりだ、キーツ」
 そう言うとツァイトは乗っていたキーツを蹴り飛ばした。
「…ッ!…テメェ!」
 ゆっくりと立ち上がるとキーツの足元まで行き、手を伸ばした。
「…すまん」
「…クソ坊主」
 そう言うとキーツは手を払い、自力で立ち上がった。
そして雨の中、墓場を見渡せば数十体のソルジャースケルトンと、リュケ。
立ち上がったツァイトの姿を見て、リュケの顔は怒りに満ちた。
「…何故だツァイト。お前は罪人だ。
 それは覆い隠すことの出来ない真実。おれたちが証人だ。
 お前はそれを洗い流すために、ここへ来て死を望んだのだろう?」
 ツァイトは微笑を浮かべ、さっきとは打って変わってしっかりとした口調で答えた。
「リュケ、罪の償い方というのは一通りではない」
「なんだと…」
「お前たちに対する罪を忘れたわけではない。
 だが、俺のギルドメンバーたちを置いて逝く事も出来ない。
 彼らにも十分に迷惑をかけた。
 どうやら、その罪も償わなければならぬようだからな」
「おれたちの苦しみを知らないからそういうことが言えるんだ!
 おれたちと同じ苦しみを味わわねばお前の罪は消えないんだ!」
「お前たちの苦しみなんか、知らん」
 そう言い切るとリュケは唖然とした。
「な…」
「では訊くが、お前たちを失った俺の悲しみが、苦しみが、リュケにわかるのか?」
「何を…」
「分かる訳がないだろう。…そうやって自分の事ばかり主張する者には、特にな。
 苦しみや絶望や悲しみ、そういった感情は他人と比べられるものではない。
 俺も…何度死のうかと思ったか分からない。
 だが、俺は死ねない。死ぬわけにはいかない。
 お前たちと、そして…彼らの為にな」
「……」
「これが、俺の出した答えだ。」
 リュケはうつむき、拳を握り締めていた。
何かを呟いているようだったがツァイトには聞き取ることができなかった。
彼が何を言いたいのか察することは出来たが、それは酷く悲しい言葉のみしか出てこない。
 ツァイトの後ろに立ったキーツは警戒を解いていなかった。
常に手近な魔物の動きを見据え、把握していた。
そして、背後から聞こえる足音にも気付いていた。
「お前には分からない…」
 リュケは口を開けた。
そしてその言葉は、悲しいことにツァイトの予想していたものだった。
「お前には分からないんだよ!」
「リュケ…」
 するとリュケは声を出して笑い始めた。
ツァイトを蔑むその笑いは墓場に虚しく響いた。
その笑いと言葉を、ツァイトは目を伏せて聞いた。
「…ふははははは!はーはっはっはっは!!
 『これが俺の出した答えだ』だって!?
 お前は何も分かっていないな、ツァイト!
 この苦しみも、痛みも、恐怖も、お前は分かりはしないと言うが、
 この状況でよくそんな台詞が吐けるもんだ。
 お前は死ぬのさ!ここでおれたちと同じ苦しみを味わうんだよ!」
 リュケが手をかざすと魔物たちは一斉に身構えた。
それに合わせてツァイトとキーツも得物を構える。
足元は長時間の降雨でかなりぬかるんでいる。
ここでは大振りに立ち回る事は困難だろう。
その点でも数で勝る魔物たちの方が遥かに有利だった。
「…そろそろか」
 ツァイトはキーツに合図を送ると、数歩分後退する。
 そして、魔物たちは一斉に、二人を目掛けて殺到した。

「―――リーダーッ!!」
 真っ先にツァイトの元へと追いついたのはイフェルだった。
ぬかるむ土をしっかりと踏みしめながら走り、ツァイトの眼前の魔物を体当たりで弾く。
無防備な状態で食らった魔物は空中分解する。
「イフェルさん、下がって下さい!」
 背中から聞こえたシュウの声に反応し、拳を構えたままのイフェルは後方へ飛び退く。
それを意にも止めずスケルトンたちが数匹飛びかかる。
「―――ハッ!!」
 短い掛け声と共に現れた無数の火矢にその魔物たちは射落とされた。
雨で重くなった袴と長い髪を障害と感じさせぬ機敏な動き。
わずかに直撃を逃れた者も、バスタードソードを振り下ろすゲインに粉砕される。
「ゲイン、伏せて!」
 剣を振り下ろした瞬間を狙った敵の剣士に気付きゲインが伏せると、
いくつもの白い霊体がその標的を食らい、その衝撃で骨が弾け飛んだ。
ウィルアの放った魔法、ソウルストライク。
「リーダー!…よかった、大丈夫?」
 前線から下がったツァイトの元へイフェルが駆け寄った。
今にも泣きそうな顔をしているイフェルに無愛想な笑顔で答える。
「ああ。…心配をかけたな。俺はもう迷ったりはしない」
「別に迷ったっていいんだよ。その時は皆で悩めばいいんだから」
「…そうだな」
 イフェルもツァイトにつられて微笑む。
そうだ。何も一人で抱え込むことはない。
自分には仲間がいるのだから。
「おーおー、お熱いねお二人さん」
 カートを引き一足送れて到着したアルティが笑顔で茶化した。
イフェルは赤くなる顔を必死に隠そうとする。
アルティはそんなイフェルを見やりながらツァイトを見上げた。
「それで、結局は『俺一人で片付け』るのは無理だったようね?」
「…そのようだな」
 近くで戦う仲間たちの姿を見やりながらぼんやりと答えた。
キーツも素早い動きで敵を翻弄させつつ、確実に数を削っている。
「…情けないな」
「なーに、お互い様よ。生き物ってのは一人じゃ生きていけないんだから。
 それは人間も例外じゃないのよ」
 そうだな、とツァイトは呟いて再び戦場を見つめる。
イフェルが難しい顔でアルティの方に視線を移す。
「いっつも思うんだけど、アルちゃんて本当に13歳?
 なんか人生悟っちゃってるって感じなんだけど」
「アナタが鈍感なだけよ」
「ちょっ…それは聞き捨てならないわよ」
 けらけらと笑うアルティと膨れるイフェルをツァイトはなだめる。
 リーダーは懐からジェムストーンを取り出し、数歩前に出て号令をかける。
雨音に負けぬよう出来るだけ声を通らせた。
「―――皆、アレを仕掛ける。出来る限り敵を固めてくれ」
「―――了解!」
 威勢の良い返事と共に陣形が組まれていく。
前衛にゲインとイフェル、そしてアルティ。
その背後にウィルアとシュウが構える。
キーツは敵陣の真っ只中へと突入し内側から崩していく。
 ツァイトは印を組みながら静かに唱えた。
「…神の御声と御意志を代行すべく、其の力を彼の者たちに分け与え給え…
 彼の者たちに光と祝福を…!
Blessing!!」
 宙に指先で十字を描き詠唱と共に手をかざすと、メンバーたちは淡い蒼の光を纏う。
「詠唱時間の確保を頼んだ」
 弾け出されたように騎士と僧兵と商人が踏み込んだ。
敵との衝突の前に再び矢の雨が降り注ぎ、射落とす。
ウィルアの足元から光が溢れ、素早く詠唱がなされる。
「…我が声の元に汝の力を示せ!天よ、叫べ!! Thunder Storm!!」
 駆けた三人の先に控えていた魔物たちの頭上へ雷が落ち、骨ごと砕き散らす。
 鎧を着ていないゲインは身軽な動きで右に左に剣を振るう。
剣を両手で握り直しながら頭上へと構え、全身から魔力を奮い出し剣へと流し込む。
「はぁッ!―――マグナムブレイクッ!!」
収束した魔力は振り下ろされた大地で小爆発を起こす。
その爆発に巻き込まれた魔物は破壊されるか怯み、そこを軽やかに斬り捨てる。
 イフェルは目の前に仁王立ちするスケルトンを正拳で粉砕し、気功をその拳に込める。
「―――猛龍拳ッ!!」
 飛びかかってきた敵が着地する瞬間懐に潜り込み、その右の拳でボディブローを決める。
直撃を受けた魔物は背後にいた者も巻き込み、敵の波が直線状に瓦解する。
 アルティは刃の付いたメイスを振り回し、その小柄な身体で攻撃を避けていた。
どうしても避け切れない時は空からシュンが舞い降りてサポートをしていた。
「サンキュー、シュン。アナタ本当に賢いわね」
 スケルトンに体当たりを繰りだし、その鷹はアルティの死角を担当した。
 ツァイトは一人離れて魔法の準備を進めていた。
周囲に白く魔力の帯が流れている。
青いジェムストーンを左手に握り、右手で十字を切る。
目を瞑り、その右を高く掲げると足元に白く輝く魔法円が現れる。
独特の幾何学模様と宗教文字。そこから吹き出るような魔力が輝いて見える。
吹き上げる魔力がツァイトの服を揺らし、雨を弾く。
巻き上げられた髪から雨水が飛んでいく。
 かかげた右手を胸の前にかざし、指で宙に魔法円を描く。
その魔法円は宙に現れるのではなく、視界の先にある戦場を囲うように描かれた。
その光の円に流石の魔物たちも気付き、目標をツァイトへと定めた。
「させませんよっ!!」
 輝くツァイトの方へと飛び出したスケルトンたちを狙うと、
シュウは魔力を込めた光速の矢(チャージアロー)を打ち込み、一体ずつ確実に射落とした。
「ウィルアさん!」
「わかってるわよッ!
 ―――大地より吹き出す灼熱の焔よ、今此こに障壁と成りて其を滅せよ!
 ―――Fire Wall!!」
 ウィルアが詠唱し、手を振り下ろすとツァイトの数歩前に炎の柱が何本も立ち上った。
シュウが狙い切れなかった魔物たちが炎に包まれ炎上していく。
溢れた分を燃やし尽くすとツァイトはかざした右手の親指を立てた。
シュウとウィルアは息をつくと、再び戦場へ向き直る。
 魔法の完成が近い。
光の円が放つ輝きは一層増していく。
魔物たちの動きも光に圧倒されて動きが鈍くなっているように見える。
瞬間、魔法の円は巨大な十字に変化し、一層強く光を放った。
 そして、詠唱が始まった。

「―――我ここに在り、汝その力を我らの前に示せ。
 天に輝く数多の星より降りし希望の光…
 地に生まれし幾多の生命とその煌き…
 ここに大いなる秩序を(もたら)し輪廻の循環を形成す。
 彼の者達は此の大いなる輪から脱却し、汝の威光を滅する存在なり。
 我ここに其の浄化を代行し洗礼を下す者なり
―――」
 高らかに紡がれるその語句は神々しく辺りに響き渡った。
その音律は周囲の木々を奮わせ、仲間の身体を癒した。
雲間から差す一条の光がその術者を祝福した。
強き血潮より出でし聖なる炎よ!
 猛る精神より生まれし栄えある魂の響きよ!
 今ここにその力を証明せん!

「―――ツァイトォォォッ!!」
 聞こえたその声は遠く戦場から叫ぶ旧友の声。
リュケは必死に前線を抜け出そうと試みているが素早くキーツに抑えられている。
その白い顔には怒りと憎悪の念が浮き出ているのがツァイトからも読み取れた。
「お前は死んだのだ、リュケ。…せめて俺の手で、昇天させてやる」
 更に何度か叫んだように聞こえたがもはや聞き取ることは出来なかった。
仲間たちが見守る中、ツァイトは目を伏せて静かに、大らかに、最後の語を結んだ。
「―――輪環に背きし者達よ、裁きの光を受けよッ!!
 ―――Magnus Exorcism!!!」
 左手に握られた青い石は音も無く崩れた。
戦場に現れた巨大な十字は、太陽を超えよとばかりに光を放つ。
そこから噴き出る魔力に全ての物は揺らぎ、弾けた。
中心には魔物たちと、リュケが、居るはずだったが眩しさのあまり凝視することは出来ない。
雨も大地に落ちる前に軌道を変えたのか、今は肌に落ちては来ない。
光は空高く昇り、柱を形成する。
暗雲の立ち込めた夜にそれは一層はっきりと見ることが出来る。
輝いていたのは魔力か、神の威光か、彼らの魂か。
それを知る方法は、ない。

 光の柱が勢いを失い始め、徐々に太さを減じていく。
巨大な十字が描かれた大地にはもう何者も残っては居なかった。
あるのは白い墓石たちと、仲間の姿。
光が帰っていくのを見守りながら、ツァイトは胸の前で静かに十字を切った。
 光源から全てが消滅したとき、雨は止んでいた。
あの魔法が雨さえも晴らしてしまったかのようだった。
いや、本当にそうだったのかもしれない。
あの雨は自分の心境を察していたのだろう。
そう思うと小さく笑みがこぼれた。
「いつ見ても凄いですね、この魔法は」
 シュウが重くなった袴を本当に重そうに引きずって歩み寄ってきた。
「切り札だからな。しかし詠唱が長くて使い辛い」
「それだけの価値がある威力ですよ、これは…」
 敵の姿は何もない。旧友の姿も今はもうない。
全てを浄化し、昇天させる魔法。聖職者のみが許された魔法である。
「私の魔法が霞んで見えるわね…」
 ウィルアも雨で重くなったマントを邪魔そうにしている。
「ウィルアの魔法ほど連発は出来ない。そちらの大魔法のほうが有意だ」
「お世辞は結構」
「そうか」
 憎まれ口を叩いてはいるが、ウィルアも無愛想ながら笑みを浮かべている。
「…キーツはもう行ってしまったか」
 仲間の姿を見渡すとその暗殺者だけ姿が見えない。
「馴れ合うのを好まないですからね、彼は」
「あいつにしては珍しく協力的だったな」
「…そうですね」
 そもそもキーツに見張らせるよう仕向けたのはシュウなのだが。
苦笑いしながらシュウはそれを黙っておこうと決めた。
 ゲインとアルティに回復魔法をかけながらイフェルもツァイトの元へと集まる。
「さーて、帰ったらまずはみっちりと事情聴取かな?」
 イフェルがにやにやと笑いながらツァイトの顔を覗きこむ。
ゲインも傷口を確かめながらそれに頷く。
「僕たちにこれだけ心配かけたんだからな、それくらいは聞かせてもらわないとね」
「やれやれ、手厳しいな…」
 溜め息を吐き、心底嫌そうな顔をするツァイトを見てゲインは笑う。
メンバーも皆声を揃えて笑いあった。
「さっさと帰りましょ、もうぐちょぐちょなんだから」
 シュンを連れたアルティがカートを引きながら煽る。
見れば皆泥まみれで酷い格好をしていた。
「―――ああ、戻ろう。アジトへ」

 墓場を見やると、旧友の墓は戦闘の後も無事に残っていた。
特に真新しいところは見当たらない。2年前から変わらぬ白い墓石。
その墓石の前に、アルティから貰った小さな一輪の花を供える。
再び軽く頭を垂れ、昇天したであろう戦友へと語りかける。
「…俺にはお前たちのような素晴らしい仲間がいた。
 お前たちと過ごした時間は、かけがえの無いものだった。
 …だがそれは、今の彼らと居る時間も同等だ。
 もう、同じ罪は犯さない。
 彼らを残して逃げたりはしない。
 だからこそ俺はまだ逝くことは出来ない。
 これを、分かって欲しい。
 生きたいとしがみつく単なる言い訳と取ってもらっても構わない。
 俺はその与えられた生を、しぶとく生きるつもりだ。
 …これが俺なりの、罪滅ぼしだ」
「―――リーダー!先に行っちゃうよー」
 高い女声が名を呼んだ。
ツァイトは小さな笑みを浮かべながら顔を上げた。
「リュケ、これが俺の新たな仲間たちだ」
 そう言うと身を翻し、仲間たちの元へと向かって歩み出した。
その道はぬかるんでいて靴がぬめりと沈み込むようだったが、
ツァイトは一歩一歩、しっかりと踏みしめて歩んだ。


***


「あたしたちを頼り無いって言った事を、少しは後悔した?」
 アジトの戸を開けながら、イフェルは胸を張って問うた。
相変わらず無愛想な笑みを口元に浮かべながらツァイトは答えた。
「いや、全然」
 イフェルはリーダーの背中をはたいた。



 ―――fin.



- Prev - / - あとがき -

Copyright(C)2001-2005 by minister All Rights Reserved.